便りを聞いて
―? ? 朝ー
ちょっとした休憩時間、控え室のソファーに自分は寝転がっていた。だらしないからやめろとよく言われるが、気持ちいいのだから仕方ない。
「……退屈だぁ」
そんなだらしない格好をしていると、何もしてない時間が退屈に感じてくる。何かをすることで、この退屈な心を誤魔化すことが出来るのに。
「あ〜そろそろ、飽きてきたなぁ」
この悠久の時の退屈しのぎに、最適なことは何なのか――未だに分からない。何をやってもいずれは飽きる。
(は〜でも、彼……巽君がいるからちょっとは面白くなってきたかなぁ。彼なら、この超つまらない繰り返しの歴史を――)
人は何度も同じことを繰り返す。沢山の人が死んでも、沢山の人が傷ついても、数十年も経てば何事もなかったかのように、悲劇や惨劇を再び見せる。
最初は、それも楽しかった。滑稽で、よく出来た茶番を見ているようだったからだ。しかし、所詮茶番は茶番でしかない。
(いずれ……ちゃんと彼と会って話をしたいもんだね。何とかして時間を作らないとなぁ)
机に適当に置いていた分厚い手帳を手に取って、今後の予定を一応確認する。
「うっわ……スケジュールヤバ。リアルが充実し過ぎだね」
一日も休みがない。そうでもしなければ、自分が廃人になってしまう未来が見えるから仕方がないが。明日の日程はリサイタルの後、テレビ出演やら会議があるらしい。明後日も明々後日も来週も今月も来月も、びっしりと予定が詰まっている。こんなに、字が書かれている手帳もないのではないかと思わざるを得ない。
(まぁ、充実してても退屈なことには変わりないんだけど)
自分が常識を超える存在でなければ、過労死していた所だ。退屈だとか感じる余裕があるのは、この人智によって生み出された身体のお陰である。
この身体になることを望んだのは自分だった。でも、まさか……この身体であることが窮屈で億劫で退屈になるとは、あの日の自分は思いもしなかった。
(でも、彼なら……奇跡を起こせる。この繰り返すだけで、つまらない日常を終わらせることが出来る。誰も苦しめずに、誰も怖がらずに……幸せに包まれたまま)
目を瞑り、手帳を投げ捨て思いにふけりながら、残り僅かな休息に身を委ねようとした時だった。
「マァちゃん! 大変よぉっ!」
野太い声が、それを妨害した。
「マァちゃん! 聞いてるの!? あたしよ、あたし!」
「グーグーグー」
「ちょっと、寝たふりしてんじゃないわよ!」
「げほっ!」
腹部に激痛が走る。寝たふりは通用しなかった。
「……マァちゃん!」
「は~何?」
仕方なく体を起こして、入ってきたアマータに目線を向けた。相変わらず、ムキムキの体を隠し切れておらず女物のスーツがはち切れそうだ。頭のてっぺんでお団子を作って、顔はかなり濃いメイクをしていて普通なら近寄り難い存在である。
「何? じゃないわよ……ほら、トゥッリスから手紙よん」
「おや……また、何かあったのかな」
アマータが差し出してきた手紙を受け取り、それに目を通した。
『不穏な気配を感じます。もしかしたら、コットニー地区の奴らかもしれません。巽君に向けられているかは不明ですが、殺意を感じています。一応、ご報告しておきます』
「コットニー地区……動き出したか。まぁ、そうだよね。あれだけ暴れてたらねぇ。ま、そこは彼女に任せるか」
「ねぇ、いいの? あの子に全てを任せるのは危険だと思うのだけど」
アマータが怪訝な表情で、そう問いかける。
「……見たいんだよ。巽君にとって簡単に外せる枷……そうだと気付いた時、どうなるのか。色々と条件を変えてね。本当は別に守らなくても、彼は平気なんだ。ちょっとした余興だよ、これは」
「あぁ……そう。相変わらず、貴方は恐ろしいわ。魔性の男ね。そこがスキよ!」
「お、あ……いや、うん」
休養はもういらない、一刻も早くここから立ち去りたいそう願った時――奇跡が起こる。
「マイカ様! そろそろ……」
遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえたのだ。普段だったら憂鬱だが、今この瞬間はお祭りだ。今すぐにでもピアノを弾きたい気分だ。
「オッケー! 行くよ! アマータ、すぐ帰れるように片付けといて。あ、適当にスケジュール空けといて! じゃあね!」
彼……いや、彼女と長時間一緒にいたくない。気が付くと、体が勝手に走り出していた。




