最も恐れる女性の声
―自室 夜―
「あははっははははっは! やべぇ、マジ笑える。腹いてぇ!」
受話器の向こうで、笑い声が響く。
「ゴンザレス……僕を嘲笑う為に電話をかけてきたのか?」
珍しく仕事が早く終わった僕が家に帰ると、電話に国からの着信履歴が沢山残っていた。何事かと思い、電話をかけ直すとゴンザレスが出て、長々と僕が今日学校でやらかしたことを語ってきたのだ。
ここにある電話は、いない間にかけてきた相手にかけ直したり出来る。それに、壁についていない。移動させようと思ったら、どこでも出来る。ただし、使えるのは、コンセントと呼ばれる電気を供給してくれる場所がある所に限る。それでも、城にあった電話よりはかなり便利だが。
「そうだ!」
「あぁ……そう」
ゴンザレスという男は、相変わらずだった。こっちの気も知らないで。
「数十件も着信履歴が残っていたから、もっと他に何があったのかと思ったよ。かけ直して損したな」
「お前の入学早々暴力事件に勝るものなんてないだろうよ……聞いた瞬間、お茶吹いたわ。で、電話しようって――」
「一々連絡なんて……野暮だな。面倒だ」
「連絡程度で済んだことに感謝すべきだろ。本当なら……お前がもし王でもなんでもなければ、それなりの処罰を受けたはずだぜ? それなのに、また普通に通える。これが、力だ」
「力……ね、フフ」
(あの人が守りたいのは、自分の立場だけか……お陰で僕は無傷な訳だ)
力ではなく言葉。そう言った学長が使ったのは、力。僕は知っている、あの四人がもう二度と学校には通えないことを。僕に関わってしまったばっかりに、卒業することも出来ず路頭に迷うことになるなんて、彼らは相当不幸だ。
「何笑ってんの? キモー」
「もういいか? 切るぞ。僕は課題をやらないといけないんだ」
「ヘイヘイヘイヘイヘイ! ゴンザレス様がお電話してやってんのに、その態度はないんじゃないんですかぁ!? 今、貴方はそんなことが出来る立場ですかぁ!? えぇ!?」
ゴンザレスは、不自然に丁寧な言葉で僕をまくし立てる。
「……はぁ。まだ何かあるのか」
そう、このウザい男ゴンザレスという人物に、僕は偉そうに振る舞える立場でない。
理由は一つ、ゴンザレスが僕の代わりに王として務めているからだ。公務の為、外国に行ったりとその姿を堂々と公にしている。そして、その王が僕でないことは、一部の人間しか知らない。
しかし、知らない人間がそのことを咎めることはない。何故なら、ゴンザレスは異世界から来たもう一人の僕だから。姿も声も、普通にしていれば一切違いがない。
こっちの世界に来てから、僕の影武者を務めていたゴンザレスが、いつの間にか僕に成り代わっているなんて誰も気付いていない。
「若者らしく電話で話そうぜ。で、お前の声を聞いてて思ったんだけど……また病んでない?」
「病む? 僕は全然病んでないよ。むしろ、元気なくらいさ」
「ふ~ん、ぶぐわっ!?」
受話器の向こうから、激しく何かがぶつかる音がした。
「話、長いよ。私がかけようって言ったのに。あ、もしもし~巽? 聞こえる?」
ゴンザレスに代わって、その受話器の向こうからは僕の最も恐れる女性の声がした。