普段から思っていること、二つ
―レストラン 朝―
鍋からは真っ白な湯気が昇る。どれくらい温かいのか確認する為に、手をかざしてみると火傷をしてしまうんじゃないかと思うくらい熱かった。
「熱っ!」
僕が手をかざすのをやめると、トーマスさんは堪え切れなくなったように笑いだす。
「……ブッ、ハハ! そりゃ熱いだろ! ずっと温めてたんだからよ」
「う……ここまで熱いとは思わなかったんです」
大体、僕の前に出て来る時には料理はちょうど良い温かさになっていて、湯気が出ていてもここまで熱かったことがなかった。料理長もクロエも、出来てすぐの料理を僕に出したことがないのだ。
「本当、お前は子供みたいだな。良く言えば純粋で、悪く言えば単純……それがお前らしさだな。ただ、見てるとちょっと不安になってくるぜ。このご時世、物騒なことばっかりだ。いつか、お前がそれに巻き込まれちまうんじゃねぇかってな。騙されたり、利用されたりしちまったら……」
まるで自分の子供でも心配するかのような口調で、トーマスさんは苦笑いを浮かべて言う。
「単純なのは否定出来ませんが……僕は、子供ではありません」
「ハッハッハ! 俺からみりゃあ、お前なんて餓鬼もいいとこだぜ? お前……確か二十一歳だろ? 俺は七十……いくつだったか、もう忘れたが五十歳近く離れてんだ。お前が、子供に見えちまうのも仕方ないとは思わねぇか?」
「……若いですね。七十年近く生きているとは思えません」
「お世辞か? 料理くらいしか出てこねぇぞ?」
トーマスさんの髪は真っ白で、顔には深くしわが刻みこまれている。だが、毎日元気に体を動かして店の為に自身の時間を削り、楽しそうに料理を作り続けている。それは、きっと生きがいだ。そして、そこから感じるのは若さだ。
「本音です。何というか……生き生きして見えるんです。見た目では、確かに老いていても……中身は僕よりも若く感じますよ」
「そりゃ、ありがてぇ。でも、料理しか出さねぇぞ。いつものまかないだ」
「貰えるだけで嬉しいです。美味しいですから」
彼の作る料理は、力だけ与えてくれる。きっと、他の人もそうだからこの店に来るんだろうと思う。この店は、他の飲食店とは圧倒的に違う。美味しさだけじゃなく、何かが違うのだ。
「ハハハ、照れるな。こんなに褒められるとは」
彼は、恥ずかしそうに頭を掻く。
「普段から思っていることです」
「普段から……か。じゃあ、俺もお前に普段思っていることを言ってみようか」
「さっきのは、普段から思っていることじゃないんですか? 僕が子供みたいだって」
僕はもう立派な大人なのに、どうして子供扱いされるのか。単純で純粋だったら、子供なのか。
「お前、二つ普段から俺に思っていることを言っただろ? だから、俺ももう一つ言ってやろうと思ってな」
「……何ですか?」
正直、いいことを言われる気はしない。僕はどちらも褒めたけれど、僕には褒めるに値する所がないと思っているからだ。
「死ぬなよ、それだけだ」
そう、端的に僕に伝えた。その表情は真剣そのものだった。僕は、今にも死んでしまいそうに見えているのだろうか。だが、それは酷い思い違いだ。何故なら、僕は『死』という権利を奪われているからだ。
「はい?」
そして、予想の斜め上の言葉に、僕は聞き返すことしか出来なかった。
「さっき言ったろ? 物騒なことばっかり起こってるって。今朝のニュース見たか? 実の子が実の親を殺したんだ……胸がいてぇよ。しかも、逃げてるってな。この近所だ。何があるか分からん……お前を失いたくはない。大切な仲間だ。さて、そろそろ開店だな。モーニングの時間だ、皿がどれだけ綺麗にならずに済むか……楽しみだ」




