大事な
―レストラン 朝―
レストランに入り、奥の厨房へと向かうとそこで仕込みをしているトーマスさんがいた。焼きたての食パンのいい香りが、厨房全体に広がっている。その食パンを、トーマスさんはナイフで切ろうとしていた。
「おはようございます、トーマスさん」
僕がそう声をかけて、ようやくトーマスさんはこちらに顔を向けた。そして、僕を見るなり、深くシワが刻まれたその顔を笑顔でいっぱいにした。
「タミじゃねぇか! おぉぉ!」
「ご迷惑をおかけして――」
「迷惑なんてかけられてねぇよ。ったく、お前は一々深刻な面しやがる。休みたい時は、休むもんだ。どれだけ金が欲しくても、無理して壊れちまったら元も子もねぇよ。でもまぁ……タミがいねぇと寂しいもんだな」
「寂しい……? どうしてですか?」
僕なんて、このレストランの一従業員に過ぎない。しかも、厄介な皿割りマシーン。毎度毎度皿を割って、料理を無駄にする。経費だけ無駄にかかる。
普通だったら、即刻解雇されるべき存在がいなくて寂しいだなんて何を言っているのだろう。一体、この人はどれだけ心が広いのだろう。
「どうしてって、大事な……大事な仲間だからだ。それに、お前がいないと静か過ぎんだよ」
「それって、皿が割れる音もしないし、料理を作り直す必要が減ってドタバタしないからってことですか?」
「ハッハッハ! まぁ、そんな所だな」
「もう割りません!」
「神に誓ってか?」
「神に……」
この世界に神などいない――どうしてか、僕はそれを知っている。誰かから聞いたような気もするし、最初から知っていたような気もする。多分、この知識は僕が経験の中から得た物ではない。僕と融合した彼が持っていたものだ。
その僕の記憶では、神と呼ばれる者達は元々人間だった。しかし、創造主と呼ばれる存在が何かを基準にして彼らを天に迎えた。ただ、それだけのことなのだ。選ばれし者と言えども、彼らは相当に屑だ。屑だから、僕みたいな存在が生き続けているのだ。だから、様をつけて敬うべき存在でも何でもないのだ。本来は。
「誓います、誓いますよ」
ただ、そのことを他の誰かに伝えたって馬鹿にされるか、怒られるだけだ。この世界における神の存在はでかい。きっと、それにすがることで皆は安心感を得ている。僕の国にも沢山いた。僕は彼らを軽蔑することをしないが、僕は神を軽蔑する。
自らが楽しむ為だけに、人を救ったり見放したりをする奴らが許せない。
「そうか、そりゃ楽しみだぜ。いつも新品のような皿だと褒められることが多かったが、それもなくなるな! ハッハッハ!」
いつも新品のような皿なのではない、大体がいつも新品なのだ。僕のせいで。酷い皮肉である。
だが、もうそんなことはしない。成長した所をトーマスさん達の目に焼きつかせて驚かせてやろう、僕はそう思った。




