罪は渡さない
―? ?―
綺麗な月が、惺斗の部屋に顔を覗かせる。月明かりに照らされながら眠る惺斗の顔は、とても心地良さそうだった。見ているだけで癒される、そんな心やすらぐ瞬間だったというのに、突如として壊される。
「おやおや、可愛い子供だ」
「十六夜っ!? 何故、お前が! お前はもう……」
「私は、私であって私でない。いやはや、お前達親子は平気で他人を不幸にして、幸福を手に入れるな」
薄ら笑いを浮かべ、十六夜は惺斗の頬に触れる。
「やめろ!」
僕は、咄嗟に手を伸ばす。だが、透明な壁が僕を阻んだ。
「っ!?」
「ようやく見つけた。もう一人の私。これはなんの因果だろう。とても面白い。素晴らしい。働き者がいて、実に良かった」
「もう一人の……? 何を馬鹿げたことを! やめろ、それ以上惺斗に……!」
どれだけ殴ろうとも、どれだけ魔力を解き放とうとも壁は壊せない。そんな僕を嘲笑うように、十六夜は惺斗を抱いた。その瞬間、惺斗が目を覚ます。だが、その目は虚ろだった。
「「罪は……渡さない」」
そして、二人は口を開き、同じことを呟いた。そう、その言葉は十六夜が今際の際に遺した言葉だった。
***
―自室 夜中―
「……っ!?」
そこは、自室だった。夢を見ていたらしい。体が酷く震えている。ただの悪夢だったらいいけれど、何だか凄く嫌な予感がした。
(惺斗は無事だろうか……一応、確認しにいこう)
僕は部屋を出て、惺斗の部屋に飛び込んだ。目に入ったのは、月明かりに照らされてすやすやと眠る惺斗の顔だった。心配が杞憂に終わり、僕はほっと胸を撫で下ろす。
(良かった。ただの悪夢だな……)
ドアの音で起こさなくて良かった。この天使の寝顔を守れたから。僕はそっと頬にキスをして、部屋を後にする。
でも、何故だろう。ドアが閉まるその瞬間にだけ、十六夜の気配を感じたのは。しかし、あいつがいるはずがない。目で確認しても、当然いるのは惺斗だけ。
(悪夢のせいで、十六夜のあの言葉を思い出す)
『――この世界のことを。こ、この世界は……普通じゃない。地獄そのもの……だ。だから、ハハ……すぐ戻る。罪は……渡さない』
すぐ戻るという言葉の意味が転生だとしたら、あの悪夢があいつからの呼びかけを示していたとしたら――。
もやもやを抱えながらも、僕は部屋に戻る。そして、再び目を瞑り、闇に誘われる中であの言葉が繰り返し脳内で反響した。
――罪は渡さない。
それからというもの、毎日警戒する日々が続いたが、特別なことは何もなかった。
あれ以降、悪夢も見ることもなく、惺斗も天使のまま、あの日見た悪夢は僕の中で薄れていった。
「お父さん! せいちゃん、魔法いっぱい使えるようになったんだよ!」
「それは凄い!」
「うん、せいちゃん強くなったから!」
「ふふふ、じゃあ一番得意なものを見せてくれ」
息子の成長を肌で感じながら、この幸せを守っていきたいと強く思うのだった。
本当に本当に長い間お付き合い頂きありがとうございます。
毎日投稿を続けて何年か経ちましたが、これにて宝生巽のお話を完結させたいと思います。毎日書いていると、もう習慣みたいな所があるので、少し寂しいです。今年就活の身なので、これまでのように毎日投稿は出来にくくなると思いますが、新たな作品を投稿する際はよろしくお願いいたします。
これまで読んで下さりありがとうございました。色々と未熟な所もあったかと思いますが、ここまで来れたのも皆さんのお陰です。作者の妄想性癖パレードを少しでも味わって頂けたのなら幸いです。
本当にありがとうございました!