決別
―武蔵城 昼―
「ほら! 急いで急いで!」
仮面をつけさせて、彼の手を引っ張りながら僕は走った。
「何、何なんだよ! 急にテンション上げて、気持ちわりぃっ!」
若干の抵抗はしながらも、彼はついてくる。龍の目のお陰で、正面を向いても彼がどんな様子なのかが分かる。
「辛気臭い話をしていたなんて思われたら困るからね。表向きは、仮面の王である君を歓迎する為にここに呼んだんだし」
「だったら問題ねぇよ。俺、仮面つけてるし。表情、読まれないし」
もう片方の手で、仮面を指差して必死にアピールする。だが、こっちもこっちで、必死になる理由がある。
「ダメダメ、とにかく四の五の言わずについてきて。仮面の王」
「面倒臭ぇ」
「ここは、僕の顔を立てるつもりで頼むよ。仮面の王」
「おい」
その声色からは、困惑が感じ取れた。何となくだが、何に困惑しているか検討がつく。
「ん?」
「さっきから、仮面の王、仮面の王って俺を呼ぶのはなんでだ?」
今朝思い立って、意識的に呼び方を変えていたから、そろそろ指摘される頃合いだと思っていた。
「なんでって、それは……もう君はゴンザレスじゃないからさ」
「どういうことだよ」
声色に、苛立ちが混ざるのを感じる。瞬間移動で逃げられかねないと感じ、僕は慌てて説明する。
「ゴンザレスという名は、城で同じ顔が二つあるとややこしいし、事情を知らぬ者を誤魔化す為に君に与えた名だ。僕と君は、全くの別人であるという証明の道具として使用していたに過ぎない。しかしながら、現在、君と僕は同じ場所に住んでいないし、君も影武者としての役目を終えた。さらには、仮面の王という通称を手に入れた。他人という証明に、それがあれば事足りるじゃないか」
宝生 巽という人間が二人もいたら、ややこしくて仕方がない。それに、全員に異世界から来たもう一人の僕ですなんて、丁寧に説明する時間が惜しかった。
だから、身内と重役以外の者達が、ゴンザレスを顔のよく似た遠い親戚として扱いやすくする為に名前は一番手っ取り早い方法だったのだ。名乗らない人間に、皆が気を許すはずもないし。結果、それは上手くいった。
「だからといって、仮面の王って呼ばれても困るんだが……」
「だって、ゴンザレスがいると思ったら甘えてしまいそうだから。決別の意味も込めてね」
「決別って、そんな大げさな……」
「君も言っていただろ、救いの手は差し伸べられないって。本来、僕だってそうあるべきだった」
この世界は、僕が先祖代々受け継がれてきた呪いによって実現された世界だ。初代王はこの国に永遠をもたらす為、神の手を取った。他者の命という犠牲を払ってまで、契約を成したのだ。
王が死ぬことがあれば、絶対にそれを回避する。だが、それによって世界が崩壊してしまうようなことがあってはならない。だから、時を歩む中で生まれた別世界を利用し、軌道修正せよという悪魔的な呪い――それを、若き日の僕は発動させてしまった。
「僕に責任がある。呪いを発動させてしまった、僕に。その呪いを解けば、もう誤った救いはなされない」
「いいのか。王の特権みたいな呪いだろ。死なないってのは」
「誰かを犠牲にして、生き延びても苦しいだけだよ。こんな思い、長く続かせたくない。身分と共に、僕が解決の礎を築く」
初代王は、それでも良かったのかもしれない。でも、僕は限界だった。僕のせいで、大切な人達や誰かの大切な人が亡くなってしまうのは耐えられない。だから、それを変えようと決意したのだ。
「自分では解決しねぇのか」
「……そんなに簡単にいくようなことじゃないだろう。現実は見てるよ。妨害もあるはずだ。これは、一族の使命として長い時間をかけるものだ」
なるべく早期の解決を願いたい。この世界は、この世界の力だけで成り立つべきだから。
「色々とやることがあって大変そうだこと」
「王だからね」
「吹っ切れやがって……ムカつくぜ」
「ムカムカするなら、闘技場で適当にぶつければいいだろう。強者育成にも繋がって、一石二鳥って奴だ」
そんな話をしながら走り続けていると、ようやく目的の場所――大広間に辿り着いて足をとめると、彼は思いっきり僕にぶつかった。ドアを開けるものだと思っていたのだろう。
「お前なぁ……って、いってぇ! 急に立ち止まるなよ!」
「フフ、なんやかんや言いながら、いつもついて来てくれるのが君のいい所だよ」
振り返り、憤る彼に笑みを向ける。
「ハ、ハァ!? 急に褒めるなよ!」
表情は見えないから、これは予想だが――恐らく、真っ赤になっていることだろう。こっちが素直になると、彼の調子は狂う。誉め言葉としては、弱かったと思うけれど。本人が嬉しいなら、それでいい。
「なら、予告すればいいのかい? なるほど、じゃあ次はドアを開けるよー」
僕は向き直って、ドアを開けた。
「てめ、俺を馬鹿にするのも大概に――」
「――さぁ、王に連れられ現れたのは闘技場の王、今日の主役だ! 是非とも、大きな拍手を!」
闘技場では聞き慣れた声が響いたと同時、目を開けられないくらいにフラッシュがたかれる。
「え……?」
彼は、何が何やらと立ち尽くす。
「祝福の宴だ。仮面の王を祝福する気持ちは、僕にだってあるんだ。表向きとは言ってもね。さぁ、楽しんで。伝説となれば、こんな栄光を受けられる。きっと、皆もより闘技場の王という立場を目指すさっ!」
そして、さらに強く腕を引っ張り、大広間へと投げ入れる。たった、それだけの行動にも関わらず、沢山のフラッシュがたかれた。それによって、かなりの注目を向けられていることが分かったのか、彼は観念した様子で叫んだ。
「ちょ! あー、もう! 分かった! 心ゆくまで楽しんでやるわ、この宴をよ!」




