王の対談
―自室 昼―
翌々日、僕は闘技場の王を城に招いた。仮面の王と呼ばれる彼も、僕と一対一となると仮面を外して応じてくれた。若い頃の僕が目の前にいる、虚しいやら懐かしいやら複雑な気持ちだ。
「この度は……いや、この度も優勝おめでとう。王者として、実に素晴らしい戦いぶりだった。忙しい中、わざわざ――」
話の切り出し方が分からず、それっぽい言葉を送ったのだが――。
「称賛したくて、俺を呼んだ訳じゃねぇだろ。俺は、今までもずっと王者だった。このタイミングなのは、体がいいから呼んだんだろ? 王が観戦した試合で、見事に王座を守り抜いた。その度胸と強さに敬意を示したい――上から目線なのがマジでむかつくが、ここで嫌ですなんて言ったら俺は大バッシング確定だろ? 大々的にそれを宣伝するとか、ウゼェことしやがって。逃げ道ねぇじゃねぇか」
若い頃の僕の顔を、しわくちゃにして怒る。そんな顔をしたら、しわが将来残るぞと言いたくなってしまう。傷も残らず、老いもない彼には無関係なのに。
「こうでもしないと、君は来ないと思ってね。でも、凄いなと思ったのは事実だよ。本当に見事だった。また、君のファンも増えたんじゃないの?」
悪役を演じるとは思えないくらいに、人気だった。謎に包まれていることもあいまって、余計魅力的に見えるのかもしれない。
「はぁ……で、何の文句がある訳?」
彼は、ソファーに勢いよく腰かけて足を組む。
「この際だから、はっきり言わせて貰うよ。いつまで、この世界にいるつもりだ?」
表向きは、試合での勇姿を称える為に城に招いたということになっている。実際は、この世界に留まる理由の追及を目的としていた。
「……やっぱ、それか」
ひじをついて、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「君には、沢山の恩がある。返しきれているとも思っていない。けれど、このまま居続けては君の為にはならないと思う。君の本来いるべき場所は、君の世界なのだから。この世界にこだわる理由は、もうないんじゃないのか?」
一度ならず、二度までも世界の危機を食いとめた。あれから、もう世界を狙うほどの悪意はない。三度目があったとしても、今の僕は守れる。そう胸を張って言える自信があった。
「その目は節穴か?」
ところが、返ってきたのは思いもせぬ言葉だった。それには、流石に不快感を隠しきれなかった。そんなに、僕には信用がないのか。前科だらけなので、無理もないけども。
「何?」
「脅威は、完全に消え去ってなんかねぇんだ。既望教という大きな悪意がある。今はまだ、その牙は世界に向けられるほど大きなものじゃねぇ。だが、いずれは、立派に世界を引き裂くだろうよ。なんせ、既望教の幹部連中は元破壊を望むあの組織にいた奴らだ」
その情報は、国としても知らないものだった。それを、ゴンザレスは当然のことのように堂々と語る。
僕は動揺を飲み込み、王という仮面を被って知っている体で尋ねる。
「……既望教のことはともかくとして、どうして君がそこまで知っている。彼らのガードは堅い。今の君は、国の情報を知る立場にはないはずだ」
この世界の枠組みに囚われない力が使えるとはいえ、行方知れずになっている組織の者達がいるなら、尚更好き勝手には出来ないはずだ。
「この世界を外から見る者達がいるだろう。そいつらは、俺にこの世界に留まることを望んでいてね。たまに、教えてくれる訳さ。この世界でいくら目くらましをしても、外には通じねぇ。という訳で、俺の存在意義は、まだこの世界にある」
「君は、まだ縛られて生きるのか」
外から見る存在、すなわち神と呼ばれる存在のこと。この世界を、何とも思わず好き勝手掻き回す。全てが全てそうじゃないとは分かっているけれど、あまり好きじゃない。自由に生きられる道があるならば、彼らの為に動く必要はない。
「あぁ、あいつに託されたこの世界を守る為ならば……いくらでも」
やはり、未だ行動の根本には小鳥がいた。僕らだけが知る、影の英雄であり犠牲者。死すら与えられなかった哀れな者。彼女を想う理由は分かるけれど、ここまでだと来ると度が過ぎているとしか思えない。
「ま、それまでは仮面の王として、強者育成を勝手にさせて貰う」
「強者育成?」
そういえば、美月が言っていた。ゴンザレスが何を目指し、強くなっているのか分からないと。その理由が、彼の口からはっきりと明らかになった。
「もしも、何かあった時、街で暮らす一般人が強かったら安心出来るかなと。ちょっと違うけど、自警団的な? 強い奴らが変なもんに取り込まれる前に、こっちが取り込んでやる訳。もう俺のことしか考えられないくらいに、のめり込ませてやってんの」
強くなればなるほど、それに挑もうとする者達が集まる。そして、それを叩きのめし、向上心を高めさせる。
(あのような態度を取っていた理由も、そこにあるのか……)
「……それで、お前は幸せなのか」
僕が尋ねると、彼は鼻で笑って答える。
「ふん、幸不幸を一つの判断基準とするならば言っておく。元の世界に戻っても、俺に待ち受けるのは不幸のみ。しかも、死ぬかもしれない。助かっても、俺は……親父を手にかけたという罪と向き合わなきゃなんねぇ。お前と違って、救ってくれる人はいねぇからな。案外、怖いもんだ。冷たい目で見られる世界と、そうじゃない世界……分かってて選ぶのなら、後者だろ」
僕とは違い、彼は救われない――それを否定することは出来なくて、僕は押し黙るしかなかった。
「そ~れ~に、俺のやりたいことはこっちの方が多いの!」
彼の心が変わらない限りは、もう何を言っても無駄だろう。
「……分かった。もうこのことに関して、僕から言うことはないだろう。ただ、帰りたくなったらいつでも言ってくれ」
こればかりは、待つしかないのだろう。それが、僕の生きている間であることを願うしかない。
「はい、どうも」
彼の浮かべている顔の適切な表現方法を知っている。これは、つまらない授業が終わった後の学生の表情だ。英国に留学してまで得た知識が、これかと思うと情けなくなる。
「……さてと」
これ以上、追及しても仕方がない。なので、彼をここに呼んだ表向きの理由を解消することにした。
「ただ呼び寄せるというのも、王者に悪い。君は伝説であり、誇りなのだから」
僕が微笑みかけると、彼は怪訝な表情を浮かべるのだった。




