思いをはせながら
―ガイア 武蔵国 夜―
『――また会おうぜ! ぐっばいっ!』
暗闇の中に集まって、宙に映し出された闘技場の映像を見ていた。闘技場のチケットを手に入れた仲間が、電話を介して中継してくれていたのだ。昼頃からずっとあって、ようやく終わった。かなり盛り上がっていたと思う。
「終わりましたねー。結局、あの小娘も大したことなかったし……あの仮面が王に君臨し続けるんでしょうねー」
その映像をずっと食い入るように見ていた少年、兎斗は我に返った様子で映像から目を逸らす。
「その割に、彼女が出てくる所では手に力が入っておったようじゃが?」
からかうような口ぶりで、老人に化けた変幻の龍が言った。
「いいようにやられまくったり、子供のくせにしゃしゃってるからイライラしてたんですよ」
かなり苦しい言い訳だと思った。そんな理由でないことは、この場にいる誰もが分かっている。
「ミャハハ! まぁまぁ、あんまりいじめてやりなさんな」
人に化けた猫が、しっぽをゆらゆらと揺らしながら笑った。これを、化け猫とこの辺では言うらしい。
「……もういいですか? そろそろ帰らないと、明日も早いので」
「意識高いなぁ。立派にお仕事してくれてるねぇ、感心感心」
化け猫はそう言いながら、彼の頭を撫でた。
「強いられてるから仕方ないでしょう」
少年は不快感いっぱいに、その手を払いのけた。
「でも、お前さんが望んだことでもあるじゃろう。今でも、わしは鮮明に思い出すぞ? のぅ、ガイアよ」
「え?」
そう尋ねられ、思い出したのは何年も前のこと。彼は、かつて既望教で育てられた子供だった。しかし、その生活に嫌気が差して脱走を試みた。
『俺が何でも……何でもします! ですから、あいつのことは……月花のことだけは見逃して下さい! 俺が全ての不自由も罪も罰を背負いますから、あいつだけは自由にしてやって下さい。お願いします、お願いします……』
月花という少女と共に脱走し、自由を掴むつもりだったようだ。けれど、その夢も儚く散った。すると、心優しい彼は、兄妹同然に育った彼女だけを見逃すように頭を下げた。あたしは戸惑ったけれど、変幻の龍はそれを許した。
「ごめんね、本当にごめんね。でもね、仕方がなかったの。あの人に裏切られて、見捨てられて……こんな世界に生きるしかなくなった。世界を滅ぼす鍵は、手に届かない位置にある。だから、どうしても潜り込んで、怪しまれる存在が必要だったの。貴方は、ちょうどいいって……彼が言ったの」
何とか伝えようとしたけれど、詳しいこともよく知らないし、説明下手なあたしは変幻の龍に視線を送って助けを求めた。
「一度怪しまれ、その疑惑を晴らせば、より強固な信頼が得られるじゃろう。さらに、彼はお前さんを頼りにベールに包まれた既望教を少しでも知れると期待する。まだまだ、始まったばかりじゃ。間違えても……逃げ出そうとは思うでないぞ? その時は、彼女がどうなるか……分かっておろう」
既望教は、あたし達が作った新たな組織。資金源がないから、信者となりたい者達や信者に資金を出すように仕向けて。無知は果実。この国は果実でいっぱいだった。だから、取り入りやすかった。それぞれの立場や身分にいいように説明さえすれば、どうにでもなった。
最初は、あたしと変幻の龍と化け猫だけだった組織も、それなりに大きくなった。代償もあるが、得られる利に比べれば安いものだと変幻の龍は笑っていた。
「一々言わなくても、分かってます。別に逃げませんから。というか、別にあの小娘の為に頑張ってる訳じゃないんです。俺も、こんな世界が嫌で頑張ってるだけですから」
(なんて強がり。素直になれないのは、どうしてだろう。素直になったら負けな時期なのかしら……)
「ミャハハ……そうだよなぁ、嫌だよなぁ。生まれてきた時点で、罪人で地獄なんだから。そんな哀れな者達を救済するのが、我が既望教。金さえ払えば、ミャハッ! もれなく、来世は極楽浄土で生きられる。ミャハハ!」
楽しそうで羨ましい。あたしは、毎日罪悪感で押し潰されそうなのに。
「騙されちゃって可哀相。騙してるのは、あたし達だけど。でも、そんな人達がいるから……あたし達は自由に出来るんだよね……はぁ」
「ま、全てが上手く行けば結果、滅びるから良くな~い? 生まれ変わっても、この地獄に堕ちることはない訳だし。滅びの時が来れば、どんな封印も脆くなるだろう。そうすれば、あの人使い荒い神様と女神様を救えるよな」
うんうんと頷き、化け猫は髪をなびかせる。これにもこれで、色々と計画がある。あたし達と行動を共にしているのは、その計画の中で利害が一致したからに過ぎない。それでも、仲間が沢山いるのは安心出来る。
(人使い? 元々は猫なのに……猫使いの間違いじゃないの?)
「一瞬しかないかもしれぬのに、主を救い出そうとするとは。随分と健気な猫じゃの」
「同じ価値観なのよ、話が一番合う。人使いは荒いけど」
人の姿になれるから、自分はあくまで人なのだと言い張る化け猫。でも、一日のほとんどを猫の姿で、寝て過ごしているのにどうなのだろう。
「じゃ、俺帰ります。マジで明日早いんで。暇な貴方達とは違うので。はぁ……」
最後に一つ嫌味を残し、彼は振り返ることもなく去っていく。
「可哀相な子供。あたしと同じくらい……」
「だからこそ、利用価値があるというものじゃ。これからが楽しみじゃのぉ……ほっほっほ」
「おっかねぇ、ミャハハハハ!」
闇に消えていく後ろ姿を、あたし達はそれぞれの思いをはせながら見送った。




