真の王者
―闘技場 夜―
背中から、雪選手は綺麗に倒れた。それを確認して、審判が旗を上げる。
「決まったあぁぁぁっ! 力技で、雪選手の決め技を押し返した!」
自らが放った魔術に包み込まれ、戦闘不能に陥ったと判断されたのだろう。現に、彼女はぴくりとも動かなかった。気絶しているようだった。
「かっけぇぇ!」
絶対王者の力を目の当たりにして、観客達は酔いしれていた。
「意識を失った雪選手は、治療チームによって運ばれていく!」
「よく頑張った!」
「素敵だったわ!」
「ずっと応援してるからねー!」
敗北し、運ばれていく彼女にも熱い拍手が送られた。屈せず、諦めなかった彼女の姿勢は称賛に値するものだったからこそだ。
「こんなに素晴らしい試合を、生で見れた俺達はマジで幸せ者だ! ありがとう!」
司会の彼も立ち上がり、彼女とゴンザレスに拍手を送った。
「……ふん、どういたしまして」
ゴンザレスは、どこか照れ臭そうに言葉を返した。
「王座を死守した感想は!?」
彼は身を乗り出し、目を輝かせながらそう投げかけた。
「雪……だったか? 強い子供だったな。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだがひやひやしたぜ。ま……当然ながら、俺の方が強いけどね……」
と、強気な発言だったが、ゴンザレスは力を失ったように崩れ落ちた。
「あの仮面の王が膝をついた!?」
「あんなに疲れてる仮面の王を見るのは初めてだわ」
「あの子、凄かったのね……」
こんな状態に陥ったのを見るのは初めてだと、皆はどよめいた。その時、どんという轟音と共に周囲が光った。この音はもしやと空を見上げると――。
「夜空には、祝福の花火が打ち上げられる! 今宵は、いつにもまして美しく見えるぜ!」
(綺麗だ……そうか、たまに見るこの花火は王者を祝う為のものだったのか)
「はっ!? 何!? 何の音!? 何かあったの!?」
その音に驚いて、ようやく亜樹が目を覚ました。よだれを垂らしながら、寝ぼけ眼で闘技場を見回す。
「終わったんだよ、大会が」
「へ……終わった? へぇぇっ!? 本当だ、もう夜になってる!? 嘘、嘘ぉ!?」
何とも間抜けな反応だろう。周りが騒がしくて、こっちに興味がなくて良かったと思った。おしとやかというイメージが世間に知れ渡っている以上、この有様は衝撃過ぎる。騙していたと、変に騒がれかねない。
「誰も見てなかったから良かったけど、一応人前に出ているという自覚を持ってね。僕以外には見せないで……あんな間抜け面は」
「どきっってしかけたけど、間抜け面って酷いっ!」
「それ以外に、言い表しようもない顔だったからさ……それより、口の端から垂れてるそれもちゃんと拭いておいてね。みっともないからさ」
「えっ!? よ、よだれまで垂れてる! もー! 起こしてよ、馬鹿!」
彼女は羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら、僕の胸を何度も強く叩いた。その様子を見て、美月はぼそりと呟いた。
「騒がしい子ねぇ、寝起きで普段のスイッチも入れられなくなっちゃって。ま、私はそっちの方が好きだけど」
ただ、その声は当の本人には届いていなかった。
「これにて、今回の大会はお開きだー! 皆も来てくれてありがとうな! また会おうぜ! ぐっばいっ!」
そして、仮面の王戦は余韻を残したまま、幕を閉じるのだった。




