覚悟
―闘技場 夜―
素早く繰り出される斬撃を、彼女はぎりぎりでシールドを張って防いでいた。その表情には、僅かに焦りが滲んでいた。
「どうして……氷術を使わないんだ?」
今大会が初披露の、あの驚異的な術を使えば足止めも可能なはず。隙を突いた攻撃だって出来る。しかし、この試合では一回も使っていない。そんな僕の疑問を――美月が解決してくれた。
「あの子の氷術は威力が強過ぎるの。あの子が制御出来るのは、範囲だけ。近距離では、即死級になると事前検査で出ているの」
「事前検査?」
「闘技場で使う技や道具は登録制。基準がある。あらゆる状況下において、それを超えないか判断する為のね」
「だから、美月は知っていたのか。彼女の氷技のことを……」
つまり、美月は戦士全ての能力と技を把握しているということだ。
「私が全部確認しているから。彼女の氷術はとても綺麗で儚いけれど、棘がある。でも、皆にも見せてあげたいし、彼女にも使って欲しかった。管理者として出来る限りのことは、やったつもり」
「見えぬ努力が……今を生んでいるんだね」
裏での努力や準備が、この華やかで楽しく狂える舞台を演出している。それを、ほとんどの人は知らない。でも、それでいいと僕は思う。舞台裏を知るのは、それを支える人達だけでいい。
「じゃないと、ここが楽しい場所じゃなくなってしまうでしょ。闘技場では、即死級の技を使うのはご法度にしたのもその為よ」
命の奪い合いは、娯楽的な楽しみを奪う。一線を越えさせてしまう。しっかりと整備してくれた美月には、感謝してもしきれない。
「美月に任せて、本当に良かったよ」
「あいつもしつこかったし、まぁ王の命令だから」
「あいつ?」
「ゴンザレスよ」
何となく分かっていたが、数年越しに明確な答えを得られるとは何とも複雑なものだ。
「……やっぱりか、どうりであの時の説得に苦労しなかった訳か。まぁ、僕に『美月に任せてみてはどうだ?』って言ってきた時点で、おかしいなとも思ったし。ハハ」
根回しや暗躍は、彼の十八番だろう。異世界から来たとはいえ、本当に僕なのだろうかと感じてしまう。あれくらい、僕も立ち回りが上手くなりたいものだ。
「ま、今はあいつのことはどうでもいいでしょ。それより、雪のことの方が気になる。このままじゃ、負ける。永二が、どれだけ距離を取ろうとしても近付いてくるから、そっちに合わせるしかなくなっている。もう出し惜しみをしている場合ではないのに。手札はなるべく伏せておきたいというのは分かるけれど、成す術がなくなる前に覚悟を決めなければならないわ」
舞台上に視線を向けて、眉間にしわを寄せる。そうだ、主役として場を盛り上げる彼らのパフォーマンスに注目するべき時だ、今は。
「相手は、王者に次ぐ器。手抜きは通用しない。彼女だって、それは分かっているはずだけど……どうするんだろうね」
偶然や奇跡、運だけでは通用しない。本物の強者との戦いに、彼女は押されていた。そんな時――。
「――これが魔剣の力。それを操る貴方の力。正直、困っています。とても強いんですね」
彼女は防ぎつつ、困ったように微笑んで称賛を送った。それに周囲は騒めき、永二選手は目を見開いて驚いていた。
「それでいて、余裕もある。私には、及ばないのかも……」
「あえて? それとも、本当に知らずに褒めている?」
賛辞を聞いていた美月は首を傾げる。
「何か問題でもあるのかい?」
「彼はね……褒められると、本来の実力の七割程度しか発揮出来なくなる。貶されれば貶されるだけ、力が発揮される。まぁ、それでも彼女の不利は変わっていないのだけど」
普通、褒められれば褒められるだけ力が湧くものだと思っていた。まさか、その逆を行く人間が存在するなんて。
(だから、周りもあんな感じで……)
「ほんと、面白い人だね。ますます興味深いよ……」
見てて飽きない人だ。戦いで魅せるというよりも、そのキャラクターで人を惹きつけている感じがする。
「お、お前! もう一回言ってくれ!」
そして、実力が落ちるのは確かなようで、太刀筋が鈍って見えるようになった。
「え? とても強いんです――」
「そぉうだろう! 俺こそがナンバーワンに相応しい!」
求めたにも関わらず、言葉を遮って嬉しそうに笑う。
「まずい、まずいぞ……」
「調子に乗り始めた……」
「まさか、いつもの展開になってしまうのか! 俺としては防ぎたかった展開だ! お互いに百%の調子で戦って欲しかったのだが!」
観客や司会が、ざわつき始める。彼らがむやみやたらに煽っていたのは、彼のパフォーマンス維持の為。なるべく、最善の状態であって欲しかったのだと思う。
「そうだろうそうだろう! 気に入ったよ、小娘! フハハ……フハハハ!」
しかし、もう彼の耳に煽りは届いてないようだった。
「雪牢……」
浮かれ、実力の落ちた今を機と見るや否や、彼女はついに新たな魔術を発動した。




