プレミアムな戦い
―闘技場 昼―
そして、ついにその日が訪れた。僕と美月、亜樹は関係者席に座り、想像以上の闘技場の熱気に驚嘆していた。
「この日のチケット取れるとか、もう死んでもいいわ……」
「生きてて良かったなぁ……」
近くの観客席から、そんな声が聞こえる。今日という日を、どれだけ多くの人が待ちわびていたか分かる。
すると、そんな熱気の中、マイクを持った一人の男性が登壇する。
「やぁ、こんにちは! 司会の進だ! 今日はいよいよ、本戦だぁ! 今日は仮面の王戦と新戦士デビュー戦が一緒にやってきたぜ! こんなプレミアムな戦いを見れるなんって、マジで幸せ者だな。今回のチケットは家宝決定だ!」
彼は随分とこなれた様子で、話し始める。いわゆる、ベテランという枠の中にいるのだろう。
「そして、そして……この戦いがプレミアな理由はもう一つ! 皆、もう知ってるよな? あそこを見てみてくれ!」
満面の笑みを浮かべ、盛り上げながらも流れは崩さず進行していく。次は、王の開会宣言なのだ。
「本物か?」
「本物だろ、偽物なんていやしねぇ!」
(いや、いるけどね。この同じ空間に……)
皆が、一斉にこちらに向いた。
「あの方は誰か知ってるよな!? そう、王様だ! 戦士達は光栄だよな! 王様に活躍を見て貰える絶好のチャンスなんだから! さて、という訳で……今日の開催宣言は王様だ! 胸に刻めよ、皆!」
(そんな大したこと言えないんだけどなぁ。こういう時に盛り上げる言葉とか……難しいよ。でも、僕の言葉で伝えよう。そう、あの少女のように)
僕は一つ息を吐いて、用意された演台の前に立つ。あんなに騒がしかった場が、嘘のように静まり返った。あまり得意ではないけれど、これも大事な仕事の一つだ。
「今日は、このような素晴らしい日に観戦出来ることを光栄に思う。始まる前から、この熱気に歓声……こちらまで気持ちが昂るようだ。参加者それぞれ、様々な思いを抱えてこの場に立っているのだろう。しかし、目指す場所は同じはず。絶対王者に挑み、その称号を剥奪する姿を僕は見たい。新たな王者の名が刻まれる運命の日となることを願っている。ここに集う戦士達には、それが可能だ! さあ、僕に見せてくれ! 始まりと終わりの瞬間を! 以上、これをもって宣言とする! 君達の勇姿を楽しみにしている!」
出来る限りの大声で、僕は叫んだ。
「「うぉおおおおおっ!」」
地鳴りにも等しい歓声で、彼らも応じてくれた。思わず、気持ちよくなってしまう。その余韻に浸りながら、僕は椅子に腰かける。
(疲れたけど、いつもよりは上手く出来た……かも)
「頑張ったわね、王様」
その瞬間、美月が声をかけてきた。王様、なんて普段は絶対に言わない。
「うるさいなぁ……メリハリをつけないといけないだろ」
「こっちは褒めているんだから、素直に喜びなさい」
「煽りにしか聞こえないんだよ……」
「姉弟仲良くていいねぇ、フフ」
亜樹が、そんな僕らの様子を見て微笑みかける。
「どこが? はぁ……」
こっちは頭が痛くてしょうがない。いつもの関係に戻ったことで受ける恩恵を上回る弊害だ。
「――伝説を破り、そしてまた新たな伝説が生まれる……想像するだけで身震いしちまうな! 王様から発破をかけて頂いたんだ! 挑戦者達は燃えるよな! でも、燃えてるのは俺も同じだ! 皆もそうだよなぁ!?」
「「うぉおおおおっ!」」
(僕もこんな風に、場を引っ張っていけるようになりたいな。学んでいかないと)
場所こそ違うかもしれないが、使う力は同じであると思う。一朝一夕では身に着けられないことは、重々承知している。だから、まずは真似ることから始めたい。そう、この闘技場は僕にとっての学びの場となるのだ。
「もう十分温まったよな、そろそろ登場して貰おうか……仮面の王に!」
その言葉に、群衆がさらに湧き立つ。
「いよいよ、いよいよだぜ!」
「やったぁあああっ!」
「見えねぇ、立ってんじゃねぇよ!」
興奮の上に、更なる興奮が乗っかっていく。この空間が引き裂かれてしまうのではないかと思うくらいの歓声。司会の彼は、それにも負けない大声でさらに場を盛り上げていく。
「闘技場が出来てから、ずっと頂点に君臨し続けている絶対王者! 仮面の下に隠された素顔を知る者は誰もいないが、強さは誰もが知っている! 生ける伝説、仮面の……王の登場だぁっ!」
瞬間、空砲の音が鳴り響き、闘技場の壁から火が噴き上がる。さらに、それを合図として激しい音楽流れ始めた。そして、その音楽に乗りながら、ようやく一人の男性が姿を見せるのだった。




