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僕は僕の影武者~亡失の復讐者編~  作者: みなみ 陽
第四十六章 少し先の僕達の未来
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全てが杞憂に

―武蔵城 夜―

「――以上が、手紙の内容になります」

「父上の驚く顔が目に浮かぶようだった。きっと、心躍らせながら手紙を書いたんだろうね。それで……写真はどんな感じだい?」


 父上は、とても不器用な人だ。きっとかなり苦労しながら、思いが伝わるように文章を書いたのだろう。


「えっと……片手を上げる大きな女性の像を背に、三人でその真似をしています。颯様が中央で、寧々様が左側、陸奥様が右側です。皆様、素敵な笑顔です。とても楽しそうな様子ですよ」

「そうか、良かった。老後の思い出になってくれたら嬉しいな……」


 王位を退いてからも、二人は大忙しだった。僕の力不足故に。最近、ようやく二人の生活に気を配れるようになった。少しでも親孝行になればと、僕はその場を用意した。

 陸奥さんは、護衛として同行している。あまり大人数で行きたくないという二人の要望を叶える為に。


「そうですね。それでは、こちらはお渡ししておきますね」


 そう言うと、彼女は手紙を握らせてくれた。


「あぁ、ありがとう」

「では、私はこれで……」


 立ち去ろうとする彼女を、僕は引きとめる。


「いや、ちょっと待って。折角、君と会えた訳だし……ちょっと聞いてもいいかな?」

「はい? なんでしょう?」

「ほら、最近配属された見習いの子がいるだろう? えっと……」

玄兎(げんと)君のことですね。彼が、どうか致しましたか?」


 何か無礼でもあったのかと、声色が緊張感に包まれる。そういうつもりではなかったのだが、僕の言い方に問題があったのかもしれない。


「期待の新人と呼ばれるだけあるなぁと思って。それに、今日も助けて貰ったんだ。小鳥からもしっかり褒めてあげて欲しい。日々、成長もしていて……僕への配慮もしてくれる。これは、君と同じ出世コースかな?」


 僕は、小鳥の仕事ぶりを褒めたつもりだった。日々、頑張ってくれている彼女へのねぎらいの意味もあった。しかし、返ってきたのは思いもせぬ反応だった。


「私と彼は違います。所詮、私は母の七光りでこの地位があるだけですから。でも、彼は……市民雇用制度で狭き門を潜り抜け、努力の末にここまで来たんです」


 市民雇用制度とは、僕が導入したものだ。今までは、鳥族か特定の一族だけしか使用人はなれなかった。変革の一部として、用意した制度だ。


「君も、相変わらず謙虚だねぇ。評価されたからこそ、最年少の家政婦長になれたんだと思うんだけどね」

 

 使用人会合で、全員一致で家政婦長として決まった。それくらい、彼女は才能に溢れた優れた人物だった。


「母が早くに亡くなってしまいましたから。代わりにするには、何かとちょうどいいです。血の繋がりがあれば、それだけで理由になります。でも、任された以上は、しっかりやり遂げるつもりです。見習いの子と一緒に成長するつもりで頑張ります」

「小鳥……」


 どう足掻いても、僕は地雷を踏み抜いてしまうようだ。どう声かけしても、彼女を傷付けてしまう。


「でも、一つだけ不安なことがあるんです」

「うん? なんだい? 僕で良ければ、相談に乗ろう」


 数々の失態を、どうにか拭い去ろうとした。


既望(きぼう)教というのをご存じですか?」

「あぁ、月を神と崇める者達の……」


 最近出来た新興宗教で、若者と富裕層の信仰者が多い。僕も忍びを送り込み、実態を掴もうとしているのだがまだ謎も多い。警戒心が強く、ガードが堅いらしい。かなりの金を落とした者しか、教会にすら入れないという。


「きな臭い噂だらけですから……一度足を踏み入れると、二度と戻れないって」

「それについて、どうして君が思い悩む?」


 国の今後について、憂い悩むのは素晴らしいこと。考えることを放棄してはいけない。それが、荒廃の始まりになるから。

 しかし、彼女の一つだけの不安がそれである理由が見えなかった。

 

「実は、玄兎君は既望教の教会で保護されていた子なんです。そこから、逃げ出してきたと。それは、本人の口から聞いたことなので間違いありません。勿論、彼はとてもいい子です。ただ、突然連絡がつかなくなることもあって不安なんです。もし、彼が潜入目的でここに来ていたらと思うと……偏見かもしれないんですが」


 黒い噂渦巻く、未知なる場所から来た子。どれだけ信用しようとしても、その背景に不安を覚えてしまうのは心あるが故。それを解決するのは、時と己自身。


「そうか……僕といる時に、そんな様子はなかったけど。僕も注視しておくことにしよう」


 彼は人当たりも良く、しっかりとした少年という印象だった。彼女の心配をなくす為には、安心という証拠が必要だ。


「すみません、こんなこと……」


 申し訳なさそうな声色だ。何も謝る必要などないのに。


「いや、いいんだ。君が一人で抱え込まなくて済んだから。でも、君だけは彼を信じてあげてくれ。疑念は、相手を揺るがす。大切な見習いの子として、真っ直ぐに向き合ってあげて欲しい。その代わり、僕が彼を見ておくから」


(これが、杞憂に終わってくれればそれでいいのだが……)


「はい、ありがとうございます。少しすっきりしました。巽様とお話出来て良かったです。では、私はこれで」


 彼女の声色が、いつもの優しいものに戻る。僅かながらに、僕も力になれたのかもしれないと――遠くに消えていく足音を聞きながらそう思った。

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