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おとぎ話のように

―ダイニング 夜―

「ん~! すっごく美味しい! 溶けていくみたいだ! 凄いなぁ!」


 リアムは目を輝かせ、一口大になった肉を次から次に口へと入れていく。


「……そんなに美味しい? 確かにいい肉だけど、最高級って訳でもないよ? まぁ、私の料理の腕がいいのかもしれないけど」

「うん! この焼き加減も最高だし、かけてあるソースも最高だよ。上手じゃなかったら、この肉本来の美味しさも失われてしまっただろうから」

「そ、そう? フフ……ありがと」


 想像以上に褒められて嬉しかったのか、クロエは気恥ずかしそうに笑った。


「いいなぁ……タミ、作って貰えるって幸せなことだよ。当たり前のことじゃないからね!」

「うん、それは……そう思うよ」


 僕は、料理をした経験が一度もない。生まれてから、一度もだ。僕が作ろうとしなくても、料理人達が当然のように作ってくれていた。朝食にしては量がおかしいとか、胃もたれしそうだなと常々悩んでいたが、特別困ったことはなかった。美味しい料理を、毎日食べることが出来て幸せだった。


「しかも、美味しいしね。悔しいけど、俺のマミィが作る料理より美味しい気がしてくるよ」

「当然よ。だって、この味付けは……」


 クロエは、何かを言おうとして黙り俯いた。俯く前に見えた瞳は、悲しさが浮かんでいるように見えた。一瞬だったので、僕の勝手な思い込みかもしれないが。


「フフ、自信があることは素晴らしいよ」


 リアムは、クロエのその言葉を軽く流した。クロエの様子を見て何とも思わなかったのか、あえて無視したのか、僕には彼の心の中を見ることが出来ないから真実は分からない。


「でも、マミィの料理も美味しいからね? 肉料理では負けても、スイーツなら負けないかも」


(母の味……か)


 毎日美味しい料理を食べることが出来た幸せの中で、僕は少し寂しさを感じていた。それは、僕は永遠に母上の作る料理を楽しめないということだ。

 血の繋がりのある母上は僕を生んだことで亡くなってしまったので料理を作ってくれることはないし、今の血の繋がりのない母上は僕を実の子のように愛してくれてはいるものの、料理人達がいるので料理をすることはない。

 僕は、母上と呼ぶに相応しい人達から――母の味というものを教えて貰ったことがない。


「特にアップルパイは、最高なんだよ」

「お母さんが大好きみたいだけど、もしかしてマザコン?」

「……違うよ、ただ家族として愛しているだけさ。君もそうじゃないの?」


 リアムが優しく問いかける。すると、クロエはその質問に対して食い気味にこう答えた。


「そうね。私も愛してるわ」

「だよね……愛しているからこそ、俺には夢がある」

「夢? どういう意味だい?」


 そう言うと、リアムは最後に残っていた肉を口に入れて、それを味わうようにゆっくりと噛み締めた。そして、肉がなくなった後に、リアムは神妙な面持ちで空っぽの皿をじっと見ながら口を開く。


「俺にとって、幸せな世界を手に入れる。でも、どの世界でもそれが永遠に続かないことは分かってる。なら……その幸せを噛み締めたまま、全てを終わらせてしまいたいんだ。おとぎ話がハッピーエンドで終わるように、俺もそうしたい。もう何も――失いたくないんだ」

「リアム?」

「だから、タミ。どうか、分かってね」


 僕の方に顔を向けて、リアムは薄気味悪い笑みを浮かべた。その笑みを浮かべながら言った言葉は、いつもの理解不能なものだと僕は思った。




 思っていた。そう、思っていたのに。

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