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僕は僕の影武者~亡失の復讐者編~  作者: みなみ 陽
第四十六章 少し先の僕達の未来
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この一時

―武蔵城自室 夕方―

「いい雰囲気ね」

「わっ!?」

「ぎゃぁっ!?」


 二人しかいないはずの部屋に、落ち着いた声が響いた。振り返ると、そこには紙束を持って佇む――美月がいた。


「い、いつからそこに?」

「そうね、巽が謝ってた辺りから……かしら」

「ひぃいいっ! やだ、やだやだ!」


 度重なる羞恥の連続に、亜樹は僕から離れて顔を覆い隠した。


「姉上……いい加減にしてくれないか。美月も二八歳、いい大人だろう。自覚を持とうよ」

「邪魔したら悪いかなって。ちょっと面白そうだったし。でも、私にも用事がある。そろそろ話しかけないと、手遅れになってしまうと思った」


 美月は紙束をひらひらさせながら、僕を煽る。ただ、いつもの如く声や表情に一切の感情はなく、怒るに怒りきれなかった。


「手遅れって……誤解を生むから、外では言わないでね」


 僕らは、ただ抱き締め合っていただけだ。そこにやましさの欠片はない。共に励まし合い、共に頑張ろうというハグだったのだから。


「それで、用って何?」

「新戦士の承認をして貰いたくて、この資料を持ってきたの。はい」


 差し出された紙束を受け取り、目を通す。龍の目のことを知る相手には、一々説明しなくていいから楽だ。読み上げて貰うよりも、本音で言えばこっちの方がいい。少しでも、僕の目の時間を信じてくれているのは有難いけれど。見る手段はまだあるし、そういう選択もありだと思っている。


「へぇ……今月は三人か。しかも、一人は子供なんだね」

「そうよ。経歴を見て、戦士試験最年少最短で合格をしているの。中々いいでしょう。巽も一度、直接見てみるといいわ」

「美月がそこまで気に入るなんて珍しい。随分と闘技場のマスターとしての仕事が板についてきたってことかな」


 現在、闘技場のあらゆる事柄を管理しているのは美月である。

 かつて、僕らは闘技場でのことで、美月と僕は気まずい関係にあった。その解決の糸口を掴めぬまま、時は悪戯に流れていった。そんな時、僕はある人物から提案を受けた。闘技場の管理権限を、美月に移してはどうか――と。闘技場を嫌悪する本人にやらせるのはどうかと悩んだものの、日々業務が増えていく中で僕は覚悟を決めた。


「王様から賜った仕事、本気でやらないと怒られてしまうでしょ。それに、私が管理する限り……決して誰も死なせない。一線は越えさせない。パフォーマンスとして、娯楽としての闘技場を守り続けなければ意味がないもの。そうすれば、必然的に板にもついてくるわ」


 頼んでおいて何だが、引き受けて貰えるとは思っていなかった。もしかしたら、何かしらの根回しがあったのかもしれないが――それをきっかけとして、僕らは昔みたいにコミュニケーションを取れるようになった。美月自身も、闘技場について理解を深めていけたらしい。お互いにとって、良いことばかりだった。


「後で、また確認しておこう。そういえば、明後日開かれる大会の調子はどう?」

「予選も大盛り上がり。番狂わせもあったりして……無敗の王に挑むっていう雰囲気が一体感を生んでるわ」

「あぁ、仮面の王戦の大会なのか。はぁ……盛り上がってるならいいけどさ」


 少しだけ憂鬱な気持ちになった。それが露骨に態度に出てしまい、亜樹が不思議そうに問いかける。


「嫌なの?」

「嫌って訳でもないけどね。ただ、ちょっとね」


(彼がいつまでも王として君臨し続けるようなことだけは……避けて欲しいな。誰でもいい、彼を倒してくれ)


 すると、その様子を見かねた美月が言った。


「ねぇ、たまには観戦してみればいいじゃない。王様のお膝元で活躍出来るなんて、参加者達の士気も上がるわ」

「……士気か」


 士気は、時に全てを左右する。圧倒的に不利な状況を覆すほどに。それが、どれくらい重要なことなのか僕にだって分かる。


「そうそう。ねぇ、いいと思うでしょ。折角だし、夫婦で観戦してみない? これも、立派な職務でしょ」

「お義姉さんがそう言うなら、行ってみてもいいかなぁなんて……」


 亜樹は、ちらりとねだるような視線を僕に向ける。


(そうだな。夫婦で何かをすること……それも大事だ)


「分かった。色々と調整して、当日の試合を観戦出来るようにしよう」

「よっしゃ!」


 思いっきり、彼女はガッツポーズをする。それを見て、美月は頬をこわばらせた。微笑もうとしたのだが、今回も上手くはいかず不気味なだけだった。


「……羨ましい。貴方達夫婦と、私達夫婦のスタート地点は一緒だったはずなのに。気が付けば、こんなに違う。仕方のないことだけれど」

「お義姉さん……」

「あの人は結局、研究室にこもりっぱなし。私と結婚したのも、自分の国にいるよりお金が貰いやすくなるからだし。分かっていても、空しいものね。これじゃ、私だって好きになれやしない」


 無表情で、僕らを見つめる美月。感じ取りにくいが、羨ましいのだろう。どう言葉をかければ良いのかと思っていると――。


「大丈夫ですよ、亜樹がいます! 寂しいなって思ったら、亜樹と話しましょ!」


 亜樹は笑顔で、美月の手を握り締めた。


「ありがとう。優しいのね」

「家族ですから!」


 そんな二人の様子を見て、微笑ましいと思った。そして、穏やかな時の流れるこの時間が続けばいいと願いながら――龍の目を閉じた。

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