嘘と真実の思い
―闘技場 夜中―
「――ったく、てめぇは手加減って言葉を知らねぇのか? 相手が俺だと思って、やりたいようにやりやがって……」
「ごめんごめん、でも本気でやらなきゃ意味ないだろう?」
僕が勝利を収めた後、塵のように消え去ったゴンザレスは地面から生えるようにして、再び姿を現した。
「適切って言葉知ってる? 血は流れないけど、俺の心は涙を流してるぞ」
ただ最後の行動が気に食わなかったようで、ぐちぐちとしつこかった。
「申し訳ないとは思ったよ。でも、ねぇ? 詫びとして、君が望むことは何でもするよ。出来得る限りだけど……」
「ほぅ、何でも……」
「出来得る限り、出来得る限りだからね。流石に滅茶苦茶な要求は無理だ。適切な要望を頼むよ」
彼の反応に何だか嫌な予感がして、全てではないと強調した。
「俺は適切って言葉を知ってるからな。無茶苦茶なことは言わねぇさ。ってな訳で、さっそく要求していいか?」
「え? あぁ、もう?」
あまりの速度に、少し驚いた。
「なぁ――」
瞬きの間に、ゴンザレスのにやけ面は消えていた。いつになく神妙な面持ちで、僕の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「――もう、いないんだろう。俺をこの世界に導いた小鳥は。そろそろ、お前の口からはっきりと言っちゃあくれねぇか。もう色々と掴んでる。後は、お前の言質だけだ」
思いもせぬ言葉。さっきの嫌な予感は、見事的中してしまったという訳だ。
「急にそんなことを言われても、ハハ……困っちゃうな。昔に言った通りなんだけど、信じて貰えてなかったのかなぁ?」
内心、かなり焦っていた。まさか、そこまでゴンザレスが掴んでいるなんて思わなかったから。でも、これは僕の嘘じゃない。彼女の嘘だ。自分がいなくなったことは隠して欲しい、ゴンザレスが受けとめられるようになるまでは、と。
では、今の彼はどうなのだろうという葛藤があった。最初はどんなに優しい嘘でも、時間が経てば何よりも残酷な嘘になる。鋭いナイフのような嘘は、今の彼に耐え得るものなのだろうかと。
「この世界を面白くすれば、俺の望む答えを教えるとか言う神がいてな。だから、ご期待に沿ってやってた訳さ。異世界から来た男が、世界を救う為に手助けなんて燃えるだろ? そしたら、つい最近連絡があってね。全ての答えは、お前から得られると。まどろっこしいよな。わざわざ、お前を挟めとかさ。何か変なこと期待してるみてぇでむかつく。けどよ、それでも……知りたい。お前の口から全てを。俺だって、もうあの頃のままじゃねぇ。小鳥に心配かけてた頃とは違う」
ゴンザレスは、ずっと真実を掴みたくて足掻いてた。恐ろしければ、きっと何もしなかっただろう。
(そうだ……今までの行動が全てだ。たとえ、真実が残酷だったとしても受け入れる覚悟は出来ていた)
「分かったよ。今の君になら、全て明かせる……なんて、偉そうか」
(……それに、この世界に関する悩みが消えれば帰りやすくもなるはずだ)
「君の思っていた通り、君をこの世界に連れてきた小鳥はもういない。彼女は、今あるこの世界の存在ではなかったから……この世界を救った時点で、彼女の世界は存在意義を失ってしまったということなのだろう。それに伴って、彼女は消えてしまった。その間際に、僕は嘘と願いを託されてしまった」
もしも、ゴンザレスが自らの消失を受け入れられるほどの心を持てたなら――嘘に牙剥かれようとも壊れることはないと考えていたのかもしれない。
それを確認する術はないが、目の前にいる彼の様子を見る限りでは――。
「あぁ、そう。やっぱ、そうか。すっきりした。もういねぇもんを追っても、しょうがねぇよな。あぁ、諦めもつくってもんよ。ふん、満足した」
彼女の判断は、間違っていなかったのだろうと思う。強がりを言えるくらいの余裕はあるみたいだから。
「恩着せがましくて悪かったな。礼、というか当然のことなんだか……これ返しておく」
彼は鼻で笑うと、ポケットから何かを取り出して投げた。
「わっ!」
それを掴み、確認する。
「ペンダント……そうか、君が」
このペンダントこそが、小鳥の願いそのもの。教会での戦い以降、行方知れずになっていた物だ。ゴンザレスが守ってくれていたのなら、何の問題もない。
「大切なもんならなくすなよ。俺が奪うぞ、ば~か」
そう言い捨てると、彼は歩き出す。
「うん、ごめん……ありがとう」
もう離さない。この思いは、必ず忘れない。




