一筋の涙
―精神世界 ?―
「――ねぇ、ねぇってば。起きて、起きてよ。巽」
幼い、すがるような声が僕を呼び覚ます。
「う、ぅうん……っ、ここは……!」
目を開けると、灰色の空間にいた。それだけで、自分がどこにいるのか認識出来た。
「僕の……心の中か」
ここは、僕の精神世界。思ったことは、全て言葉として吐き出されてしまう。
「良かったぁ、起きたぁ」
すると、視界の端から、少年がひょっこりと顔を覗かせる。
「ひさしぶりだね、君と……会うのは」
安堵の表情を浮かべる彼は、僕が獣と呼ぶ存在。幼少期の僕の姿を象り、共に人生を歩んだ。あらゆる負の感情を栄養とし、望まなくともそれを求めて暴走してしまう。真に、もう一人の僕と呼ぶに相応しい。最初の頃は受け入れることが出来ず、僕は排除しようと必死だった。
けれど、彼の気持ち――僕の為になりたいという健気な思いを知り、手を取り合っていく道を選んだ。結果、僕らは融合した。
ところが、外部からの予期せぬ介入のせいで、僕らの繋がりは絶たれてしまった。連携も取れず、これからどうなってしまうのかと不安を抱いていた。どうやら、無事であったようで安心した。
「ずっとここで、独りだった。どれだけ叫んでも、巽の返事もないし……ついに、見切られてしまったんだと思ってた。怖かった……」
「そう、だったんだね。でも、君を見捨てたりなんかしないよ。それだけは誓う」
「でも、僕は今までずっと独りぼっちだった。皆、嘘をつくんだもん。巽だって、本当は僕のことなんて嫌いでしょう? だって、僕は化け物なんだ……」
今にも、泣き出してしまいそうな表情。そんな様子で佇む彼を見て、僕の心も痛んだ。
「……本当にそう?」
そう問いかけて、消えてしまいそうな彼の手を握り締めた。それに、彼は俯きびくりと肩を揺らす。
「え?」
僕も、ずっとそう思っていた。たった独りで、暗闇の中を足掻いていると思っていた。けれど、それは驕りだ。
「思い出して、君だって……僕の中にいたんだ。分かるだろう? 見てきたはずだ、体感してきたはずだ。小さい頃、一緒に遊んでくれたのは誰? 不安な思いに寄り添ってくれたのは誰? 見守ってくれたのは誰? 命を懸けて、守ってくれたのは誰? 他にもいっぱい……いっぱいいるだろう。家族が、仲間が、友が、いつだって僕の傍にいてくれたじゃないか」
僕は、皆の姿をイメージする。ある可能性を信じて。ここは、僕の心の中。ならば、イメージすればそれを具現化することは出来るはずだと。
すると――僕らを取り囲むように、今まで僕らを支えてくれた人々がそこに顕現した。皆、眩い笑顔を浮かべている。この灰色の空間を照らしてくれそうな感じだ。
「でも、それは……僕じゃない。誰一人として、僕のことなんて……」
「君は、僕だ」
「どうして? 僕は化け物なのに」
「君は、僕から生まれたんだ。化け物だろうが何だろうが、君は僕の側面。決して、否定したりしない。無責任なことはしない。僕のことを信じて欲しい。そして、周りをちゃんと……見るんだ」
僕の声に反応し、ようやく彼は顔を上げた。そして、周囲の皆を見て、彼は一筋の涙を流した。




