さあ、心の獣を解き放て
―闘技場 夜中―
鋭く伸びた爪を立て、僕は何とか自我を保ち続ける。
(駄目ダ……こ、のままジゃ……)
「どうしてそんなに頑張るの? 足掻いた所で、無意味だって分かっているはずなのに」
小刻みに震える僕を、彼は嘲り笑う。
「無意味な……ンかじャないヨ」
「アハハッ! 無意味さ、無意味っ! 見てご覧よ、自分の手を!」
「くッ……」
言われなくても、とっくに目に入っていた。もはや、完全に僕の手は人のものではなくなっている。
「それにさ、今までだって一度も克服出来たことないじゃない? まぁ、無理矢理抑え込んだことはあったけど。根本的な解決にはならなかった、そうでしょ? だらだらと引きずって、こんな結果があるんでしょ? それを無意味以外に、どう形容することが出来るのか……僕に詳しく教えてよ。ねぇ!?」
「そ、れハ……ガゥゥッ!」
胸部を締め付けるような痛みが走り、歪む視界。目に入る全てを破壊したい、そんな衝動が僕を埋め尽くそうとする。
「あぁ、もう無理か。別にいいよ、その答えは求めてなんかいないから」
「ア゛……」
ついに、言葉を発せなくなった。喉の奥までは来ているのに、いざ口に出そうとしたらうめき声のようなものしか出せない。
「……お前は、ただその現実に打ちのめされればいい」
そう言って、僕の頭を持つ。抵抗したくても、体は言うことを聞いてはくれなかった。
「その方が性に合ってると思うよ。絶望に満ちた顔こそ、お前に相応しい!」
そして、力のままに僕の頭を地面に叩きつけた。頭部から、痛みと痺れが全身に広がっていく。内面の痛みと乗算され、叫ばずにはいられなかった。
「ア゛ウ゛ァ゛ア゛ア゛ッ!」
さらに、地面に滴り落ちた血が目に入ってしまった。その匂いと、自分が傷付けられたという認識が僕に追い打ちをかけた。
「痛いよね、苦しいよね。早く楽になったらいいんじゃない? どれだけ暴れても、だ~れも傷付かないし心配しないでいい。疲れ果てたら、勝手に落ち着くさ」
「ハゥゥ……ウ゛ウ゛ッ!」
よだれが溢れてとまらない。すぐ近くに餌がある。ちょうどいい脂の乗った肉の塊が。理性と本能のせめぎ合いは、もう僕の手から離れようとしていた。
「……所詮、その程度なんだ。僕という存在はね」
彼の声が遠くに響き、痛みも感じなくなった。奥底へ、奥底へと意識が引っ張られていく。
「――さあ、心の獣を解き放て」
その声が、認識出来た最後の言葉だった。肉体的な抵抗は、もう出来ないと悟る。けれど、心はまだ自分のものだった。
(……勝つ、このママじゃ……終ワれない。終わ、らせられない……)
最後の気力を振り絞り、ここに来た目的を強く意識しながら僕は落ちていった。それが、この時に出来た最大の抵抗だったのだ。




