我が王よ
―武蔵城中庭 夕方―
いつ以来だろう、こんな風に陸奥大臣と話すのは。数年前に帰国してからも、業務に追われて私的に会話をすることなかったから。
「……僕は、どうすればいい。どれだけ足掻いても、満たされない。不安しかない。このままじゃいけないって分かってる。けど、何も見えないんだ……」
自分は、王であると証明出来るくらいの強さが欲しい。けれど、大臣である彼に呆気なく負けた。あくまで鍛錬であるとはいえ、未熟さを痛感せざるを得なかった。
「ふむ、剣に見えた迷いはそれでしたか。では、懐かしい問いを一つしましょう。巽様は、どんな自分になりたいですか?」
彼は、納得した様子で何度か頷いて言った。その問いは、昔の鍛錬終わりの反省会で必ず問われる質問だった。
昔の僕であれば、迷いなく「父上のようになりたい」と答えていた。けれど、今は――。
「王として相応しい人になりたい。ただ、それだけだよ。でも、まだまだ力不足で経験も足りない。悔しいよ。それが目的じゃなかったけど、海外に行けばもっと何か得られると思っていた。なのに、こんなんじゃ駄目だよね」
僕は、父上のようにはなれないと気が付いてしまった。何故なら、僕は父上ではないから。持っている能力も素材も違う。真似や演技では、その憧れに到達するこは出来ないと学んだ。全てが違い過ぎるのだ。
雰囲気だけならいくらでも演じられるけれど、その人の持っている実力までは再現出来ない。僕が、父上の素質に及ぶほどの能力を僕が持っていないから。それが、現実であり現状だ。
「……いいえ、巽様は十分に成長されていますよ。その答えこそが証明です。今まで、私が同じ問いをした時は、颯様のようになりたいと仰い続けていました」
「それが……どうして、証明になるの?」
「巽様は、巽様でしかありません。巽様は、巽様にしかなれないのです。王道を行く者、真似ているだけではその道は閉ざされてしまうことでしょう。自分という存在を、正しく認識出来るようになれただけでも大きな一歩であると思いますよ」
思いもせぬ評価に、僕は言葉を失った。褒められる心の準備が出来ていなかったので、気恥ずかしさから体が火照った。
「巽様だけの道があります。それは、他の誰も歩めません。ですから、もっと自信を持って下さい。自分自身に。私は、生涯付き従う覚悟があります。貴方には、もう王として十分な素質は備わっていると思いますよ。後は、それを信じるだけです。そうすれば、自然と見えてくるでしょう」
「そう、かな……」
(僕に、もうそんな力があるというのか?)
「おや、幼少期から貴方を見てきた私が言っているのですよ? そんな私の言葉が信用出来ませんか? フフフ」
照れる僕をからかうように、彼は笑う。
(陸奥大臣が言うのなら……うん)
ずっとずっと、僕を支えてくれた彼の言葉だから説得力があった。
「……いや、信じるよ。そもそも、貴方を疑ったことなんて一度もない。ありがとう、お陰で気付けた。僕に足りなかったものに」
不安が消えないのは、自身への疑心によるものだったということ。確かに抱えている不安を辿れば、それがあることに気が付いた。彼がこう言ってくれているのだから、僕はもっと自身の力を信じていく必要がある。
(僕は出来る……! 出来るんだ!)
そして、そう自分に言い聞かせながら立ち上がり、真っ直ぐと彼を見据え尋ねた。
「もう一回、僕と手合わせしてくれない? 今度は絶対に……勝つから!」
すると、彼は満面の笑みを浮かべて答えた。
「勿論ですとも、我が王よ――」




