この陸奥に
―武蔵城中庭 夕方―
提案を受けてから、僕は仕事の合間を縫って鍛錬に明け暮れた。その日を迎えるには、僕はまだ力不足であると自覚していたから。
今日は、稽古をつけてくれる相手がいた。それは、陸奥大臣だ。あらゆる武芸を極め、武者の頂点に立ち、指揮する立場にある人。僕が物心つく前から、その職につく古株だ。そんな彼は、幼い頃からの僕の修行相手。僕よりも僕と向き合ってきた人だ。きっと、何か得られると思った。ところが――。
「――遅いっ!」
「くっ……!」
彼の勢いに押され、僕の手から剣が転がり落ちていった。そして、首筋に刃が煌めく。剣だけという制限がある場では、もう勝ち目はない。降参するしかなかった。
「むむ……どうされたのですか。剣に迷いが見えますよ。私にもっと見せて下さい、海外で鍛えたその技を。それとも、久々で鈍ってしまいましたか?」
残念そうに、彼は剣を収める。白髪だらけになった頭と、しわくちゃになった手。容姿は確かに老いているけれど、中身は衰えることなく、むしろ成長すらしているように思えた。
その差は歴然で、気力は一気に削がれて、僕は膝をつく。
「はぁ、はぁ……流石だ。貴方は、変わらず強い。年齢を一切感じさせない。それにひきかえ、僕は……」
ゴンザレスの手を借りずとも、僕のことは僕で解決したいと思っていた。しかし、算出された最善の策は彼の手を借りることが絶対としていた。
(はぁ……僕じゃ、力不足ってことだよね。もう、ゴンザレスには頼らないって決めてたのに。でも、それ以外の方法をやりたいです、なんてみっともないよな。絶対にやりきりますって言っちゃったしなぁ。って、こんなことを考えてるようだから駄目なんだよな。僕は……)
「懐かしいですなぁ。そのような弱音が出てくるとは。英国から帰ってきた巽様は、とてもたくましくなっておられたというのに。もしや、ずっと無理をなされていたのでしょうか?」
彼はしゃがみ込み、心配そうに僕の顔を覗く。
「ハハ……たくましく見えてたなら良かった。だって、ゴンザレスがしっかりと僕として国を治めてくれたんだよ? 王として決断し、闘技場を作って財源の確保まで……それなのに、急に前みたいになっちゃったらびっくりするでしょ? 王は、どうしちゃったんだって……何も知らない皆は思ってしまうよ」
僕とゴンザレスが同一人物であること、ゴンザレスが僕に成り代わっていたという事実を知る者は限られている。この国では、家族と大臣級の者くらいだ。事情を知らぬ者には注意を払わねば、そこから全てが明るみに出てしまう可能性があった。
だから、僕は演じていた。ゴンザレスが演じた僕を。彼の想像する程度に、僕は自然には達せなかった。むしろ、高くて分厚い壁のようだった。
「なるほど。しばらく見ぬ内に、巽様は大人になられたのですね。フフ、それ故に更なる迷いが生まれたという所でしょうか。よろしければ、この陸奥にお聞かせ下され」
そう言うと、彼は隣に腰を下ろして柔らかな笑みを浮かべるのだった。




