新しい世界
―武蔵城自室 夜中―
ずっとずっと待ち望んでいた。僕の中に宿る獣の力を制御する方法を。彼は、龍の力を魔術で人工的に組み合わせて作られた存在だ。人智を越え、異常にも等しい力を発揮する。だが、それは人の器には余りある。もし、その力を飼い慣らして完全に僕のものと出来たら――そんな思惑があった。切り離すのではなく、受け入れるのだ。
かつて、自分自身でその力を何とか抑え込んだことがある。けれども、制御するまでには至らなかった。どう足掻いても、我を忘れて暴走してしまった。その度に、ゴンザレスの手を借りた。それでも克服出来ず、ずるずるとここまで来てしまった。
(もう、ゴンザレスに頼ってばかりはいられないんだ。彼には、帰るべき場所があって、成すべきことがあるんだ。この世界が、呪縛となってはいけない)
『――自分自身と戦う。それが、一番合理的で安全な方法だと判断された』
「……え?」
どんな提案でも、僕は乗り越える覚悟があった。その為に、僕は全てを押し付けて国を出たのだ。しかし、それはあまりにも予想外だった。
『巽君、君は自分自身と正面から戦ったことはあるかい?』
「どういう意味なのか……僕には、よく分からないのですが」
『そのままの意味なんだけどなぁ。ゴンザレス君と戦うってことじゃないよ。彼、つまり内なる自分と拳を交わしたことはあるかいってこと』
(彼と戦う……? 無理に決まっているじゃないか)
出来て、心の中で会話をすることくらいのことまでだった。今は、それすらも困難だ。勿論、拳を交わすなどありえない。だって、僕と彼は同じ一つの体にいるのだから。
「そんなこと……出来るはずがないじゃないですか」
『どうして、そう言い切れる? 巽君、概念は崩すべきだと思うよ』
混乱する僕とは対照的に、エースはにこやかに微笑む。一体、何を根拠にそんなことを言っているのか。理解不能だった。
「概念って、だって無理なものは無理……」
『自分自身が、外にいるじゃない。姿形が全く同じな人が、さ。しかも、演技が上手だって情報がある。どれくらい上手かって言うと、君に成り代わっても気付かれないくらい。これって、ラッキーなことだと思わない』
「まさか……冗談でしょう!?」
『こんな状況で冗談は、もう言わないって~』
つまり、彼はゴンザレスと戦えと言っている。でも、それがどうして力の制御に繋がるというのだろう。
『いいかい? 心の中で飼っている獣は、巽君の否定したい弱さの塊だ。しかし、それを拒絶するだけでは、受け入れるだけでは成長に繋がらないんだ。その弱き心に勝つことが、次なる進化への鍵になる。一番、明確で安全なね』
「僕が成せなかった理由は……それが、足りなかったからってことですか?」
『勿論、他にも方法はある。けれど、そこには危険が伴う。ハイリスクハイリターンも時には必要だが、それは今じゃない』
確かに、僕は彼を受け入れただけであって、直接戦った訳じゃない。そんなこと考えもしなかった。
『安全かつ明確な方法。でも、それはとても困難だ。対話すらままならない、最近の調書によるとそうだったよね』
「え、えぇ……」
『出来ないのなら仕方ない。でも、やらねばならない。そこで用意した策が、もう一人の巽君だよ。彼に弱い君になりきって貰う。そして、君は思い込む。これは、最後の茶番だ。茶番の幕を下ろすには、これが一番相応しいと思う。予期出来ない新しい世界への鍵は、その先に待っているよ』
(新しい世界か。確かに、僕はずっと取り残されている。僕もまた、縛られているんだ)
「……分かりました。絶対にやりきります」
『うん、じゃあゴンザレスにも自分から伝えておく。成功の報告を楽しみにしてる。じゃあね』
目の前に映されていた映像は消え、静寂が部屋を包み込む。この話が終わったら、やろうと思っていた仕事があった。けれど、心はそれどころじゃなかった。




