心配なこと
―武蔵城自室 夜中―
「それにしても、あんな雰囲気で話し始めるから、本当にびくびくしましたよ」
『いやぁ~ごめんごめん。つい、悪い癖が』
頭を掻きながら、エースは悪戯っぽく笑った。
「もしかして、あの時のカラスの女性がベイルさんじゃないと気付かれてしまったのかと……」
カラス側の英雄として、本来なら表舞台に立つはずだったのはガイアさんだった。しかし、彼女は忽然と姿を消してしまい、今もなお行方知れずのまま。エースも情報網を駆使して捜索したのだが、手がかりは見つけられないまま、代理を立てることで決着した。
『いやいや、それはないよ。だって、誰一人として彼女の顔は覚えていない。ぼんやりとした、カラスの女性だったってことだけしか記憶には残っていないんだ。それくらい彼女の能力は絶大だ。お陰で、ベイルが成り代われた訳だけども。はぁ……ガイアは、今どこで何しているんだろう。そっちの方が心配で心配で……』
憂いに満ちた表情で、彼はどこか遠くを見つめてため息をついた。
「すみません、僕の配慮不足で……一応、僕も龍の目を通して探してはいるのですが、ちっとも掴めなくて」
変幻の龍を傍に置いておくことで、彼女の行動はある程度、把握して制御出来るはずだった。しかし、僕の体に力が集中したことで、龍全体への支配力が薄れた。結果として変幻の龍が逃亡し、彼女も行方を眩ませた。
『いや、君は悪くないって。あの場で犠牲者はゼロだったんだから。それも、彼女をあそこに置いておいてくれたからだ。これは、自分の責任だよ。そうせざるを得なくなる状況にまで、追い込んでしまったんだから。だから、君が思い悩む必要なんてない。これからは、自分が責任をもって探すさ』
「はい……」
そうは言われても、気にはなってしまうものだ。彼女が常時、不安定な状態であることは僕も知っている。母性を知っている者に触れた時にだけ、心に安定がもたらされることも。しかし、それもまた彼女の真の姿とは言い難い複雑なもの。
それを彼女も自覚し、怖がっていた。そんな様子であるのに、自ら誰かに触れるようなことは決してないだろう。つまり、ずっと不安定なまま。あの短期間と、龍を通して見ただけの僕ですら、その状態の危険性は手に取るように分かる。
『あ~そういえば!』
「わっ!?」
そんな僕の様子を見て、彼は手を大きく叩いた。顔いっぱいに笑顔を浮かべて、この辛気臭い雰囲気を吹き飛ばそうと気遣わせてしまったみたいだった。
『ようやく、君の中にいる彼の力を制御する画期的な方法を見つけたかもなんだ。技術的な面からのアプローチも試みたんだけど、君の精神と密接に関わっている状態だから、危険性が高いって判断されてね。なら、もう君自身の精神力でどうにかするしかないってなってね。自分が立ち上げたカラス研究者軍団だから、その信憑性は保障しよう。それで、そのその方法なんだけど……覚悟出来てる?』
「その研究チームを立ち上げたのって、最近でしたよね。まさか、もうそんなに……」
最初は、彼一人で色々と考えてくれていた。しかし、次第に王としての職務に追われて、あまり手がかけられなくなった。そして、彼は忌まわしき技術を研究するチームを作ったのだ。その報告を受けたのは、つい数か月前のことだったような気がする。
『へっへ~ん! カラスって優秀なんだ。思索が得意な種族だからね。束になれば、もう最強よ。その最強軍団が導き出した結果はね――』




