like or love
―武蔵城自室 夜中―
何か良からぬことがあったのかと思わざるを得ない表情に、不安を覚えたその時――。
『やめなさい、エース。冗談を言っていい時と、良くない時がある。何百年、大人をやっているの? 何も問題はない。悪魔イザベラは死んだ。王の裁きによって、ね』
映像の端から、一人の女性が姿を見せる。彼女の名はイザベラ――であった。
「はぁ……良かった……」
ホテルでの一件の後、彼女は全ての罪を背負って貰うこととした。人間でもカラスでもない存在として、多くの者に認知されている彼女にしか任せられなかった。
人間側の英雄ガラハッド、彼は国を混乱に陥れた悪魔を捕えたと称賛され、騎士としての地位を確かなものとした。カラス側の英雄ガイア、彼女は人々を優しく包み込み、暴走しないよう食い留めた――途中までは。
『長かったね、本当……特にガラハッドの説得が本当に大変でね。民に嘘をつくなど出来ない! 私を英雄と奉って、いいようにコントロールするつもりだろ~なのなんだの……彼ばっかに構ってもいられないから、勝手に表でほいほい進め続けてたら、ようやく折れてくれた』
さらに、彼はわざとらしく咳払いをした。そして、声を少し低くして眉間に手を当てて続ける。
『真実を言っても、もう誰も認めないだろう。散々嘯き、民はさらに王を崇拝するようになった。嘘が完全なる真実となった現在、余計な混乱を生むだけだ。皮肉にも、この現状は……あるべきだった姿を取り戻しているって、さ』
(もしかして、物真似をしているんだろうか?)
どう対処するべきか、僕には分からなかった。ゴンザレスなら、上手く対処出来るかもしれないけれど、残念ながら僕は僕だ。
「それは……色々と大変でしたね。でも、ガラハッドさんを放置してて大丈夫でしょうか?」
もしも、彼に何か企みがあり、その機が延びただけだったとしたら大変なことになると思った。何とか溝を埋めたというのに、今度は橋も架けられなくなってしまう。
『馬鹿言わないで!』
そんな僕を一喝したのは、ガラハッドと対峙し続けた彼女だった。あまりの気迫に、僕も彼も息を呑んだ。
『あの男は、そんな奴じゃないわ。向き合ったからこそ分かる。あれほどの男が、自分を優先するはずがないでしょう。彼は、騎士なのだから』
真っ直ぐな瞳、画面越しからでも伝わるその気持ち。敵同士であったからこそ、分かり合えたということなのだろう。
『……おぉ! かなり、高評価なんだね。あ、もしかして彼のことが好きなの?』
『なっ……!?』
笑顔で、彼は茶化す。それに反応し、彼女は頬を赤らめた。
『Like? Love? 後者だったら、心の奥底から応援――』
この発言が、地雷だったらしい。
『いい加減にしてっ!』
怒りを滲ませ、彼女は思いっきり彼の頬を叩いた。乾いた音が響く。画面越しからでも伝わるその痛み。僕は、ただ眺めるしか出来なかった。
『そういうのじゃない、そういう感情は……ないのよ。本当、貴方って人は……私のこの感情はイレギュラーって言いたいのかしらね』
悲しさを一瞬だけ覗かせて、彼女は画面外へと消えていこうとした。しかし、何か思いついたように立ち止まり、顔をこちらに向けて言った。
『あ、ごめんなさい。まぁ、ガラハッドに関しては問題はない。巽君が心配するような小さな男じゃないから』
「は、はぁ……」
(あれ? 今、僕、馬鹿にされ……いや言葉の綾って奴だ。うん、多分……)
『も~痛いなぁ。イザベラ……じゃなくて、ベイルったら容赦ないんだから』
ベイル=レイズ、それが生まれ変わった彼女に与えられた新たな名。これからは、王の側近であるカラスの女性として生きていくことになる。裏方として、エースを支える為に。




