これからずぅっと
―ホテル屋上 夜―
ゴンザレスの掴んだ「白いカラス」についての情報は、それだけだった。大抵の情報は消したと言っていたこと、表舞台では人としてあったN.N.のことを考えると、情報を掴めただけでも幸運だったのかもしれない。
しかし、もしも追い詰められていたのが僕だった場合、この情報だけでは太刀打ち出来なかったと思う。彼の口から語られることがなければ、僕は彼との共通点すら見つけられなかっただろう。人の生きてきた道は、必ず残っているものだと侮っていた。
(前世の……ナギムさんに感謝しなきゃいけないな。彼の助太刀がなければ、僕らはこうやって話を聞くことすら出来なかったんだな。僕なりに頑張って、計画を進めていたつもりだけど……未熟者だな、まだまだ)
「――それで、世界最初の統治者のことなんだが……俺の執念をもってしても、それらしい記述は見つけられなかった。いつの頃からか、無数の国を無数の統治者が支配していたと。あやふやだった」
「そうか」
(やはり、二度目のこの世界には一度目の世界の資料は残っていないか。僕らが、普通じゃないだけだ。他にいてもおかしくはないと思ったけど、それを残せるような人じゃなければ……伝えられないもんな。それに、こういうことは馬鹿にされるのがオチだ。覚悟と度胸もいるよね)
「そうかって……そんなあっさり? 嫌味とか言われるもんかと……」
ゴンザレスは、目をぱちくりとさせる。いつから、僕はそんなに性格の悪い男だと誤解されていたのか。
「言って欲しかったのか? そういう趣味?」
少なくとも、これまでの長い時の中で発言力と度胸を兼ね備えた人物が魂の記憶を呼び覚まされたということはなかったということだろう。早々あることでもないし、絶対数は少ないということだ。
「違う! 断じて違う!」
「え~そんなに否定されると、怪しく見えてきちゃうよぉ」
「うるせぇ、調子乗ってっと殴るぞ!」
(ゴンザレスは、この世界の住人じゃない。いずれ、必ず……帰らなければいけないんだ。これ以上、この世界のことに巻き込んではいけない。この世界に留まる理由を、増やしてはいけない。疑問を、解決する癖があるゴンザレスのことだ。これ以上の追及は避けよう。この世界のことは、この世界の住人で明らかにしていかないと。これからは……)
気になることは沢山ある。世界滅亡についての奇妙な持論が書かれていなかったかとか、今は二度目の世界であることを臭わせるような文章はなかったかとか、とにかく色々と。
「どうした? ぼーっとして」
考え事をしていると、ゴンザレスは手を振って、僕を現実へと呼び戻す。
「え? あぁ……これからのことを少しね。さて、そろそろ行きましょう。貴方の傷も治ったようですから」
とりあえず、今やるべきことは一つだけだ。
(気持ちを、切り替えなければ)
僕は立ち上がり、N.N.を見下ろす。
「……自分に、まだ価値を見出してくれるの?」
そして、彼の体から剣を抜き取った。
「っ!」
その次の瞬間には、剣が突き刺さっていた痕も消えていた。この間に、彼の体は調子をすっかり取り戻していた。それでも、もう抵抗する意思はないようだった。
「えぇ。大事な役割が、貴方にはあります。これから……ずぅっと、ね」




