先祖と子孫
―ホテル屋上 夜―
「――お前が初めて空を翔けた日のことを、当時の人々は『天使が舞い降りた日』と呼んだらしい」
ぼそりと、ゴンザレスが呟いた。
「その白さが、荒んだ心の人の目にはそう映ったってことだ」
「どうして、それを……」
感情の入り混じった表情を浮かべていたN.N.が、目を丸くする。
「だから、俺は情報収集してやってたって言ってんだろ。やっと、俺が輝ける……」
「その情報は一体どこから? いくら異世界から来たとは言っても、好き勝手に時も世界も越えられる訳じゃないだろう」
N.N.の問いかけに対し、ゴンザレスは自慢げに答える。
「アレスの家を特定したんでね!」
「……何?」
「白のカラスについて、調べようとしただけなのに……気が付いたら、世界史の勉強でもしてる気分だったぜ。当時の新聞の小さい記事に、世にも珍しい白いカラスと人間の目撃情報ありってのを見たんだ。しかも、その人間は王の側近だったって。手がかりになるかもって、当時の歴史資料を徹底的に洗った。んで、当時の王の側近のほとんどは王侯貴族のご子息さんだったっていう記述を見てな。よっしゃっと思って、個人情報探しの旅に出た訳よ」
「旅? ゴンザレス、君はわざわざ旅に出たのかい?」
脳裏に、旅人の格好をして各地を巡るゴンザレスの姿がよぎる。しかし、そんな想像を彼が呆れた顔で一蹴する。
「言葉の綾だよ、あほか。城の図書館、国立図書館の倉庫とかに瞬間移動して、王の側近の情報を探しまくったってこと」
冷静にそう指摘されたことで、無性に恥ずかしさを覚えた。しかも、ゴンザレスに。
「……ちょっと冗談を言ってみただけだ。続けて」
「フフ、そういうことにしておこうかな。それにしても、驚いたなぁ。そんな地道なことをする輩がいるなんて、さ。それで、見つけたってこと?」
「地道だけが取り柄なんだよ。そ、国立図書館の地下で見つけた。当時の使用人の雇用情報を。王の側近ともなると、かなり絞りやすくてな。その数人を調べ上げた。そうしたら、一人だけ……失踪していた。そいつが、アレス=バトラーっていう名前だった」
「アレス=バトラー……それが、あいつのフルネーム……」
N.N.の表情が、険しくなる。
「知らなかったのか」
「あいつは、名前しか名乗らなかったから。それに、興味もなかったし」
「ふ~ん? で、俺は奴を徹底的に洗うことにした。そうしたら、見つけた。アレン=バトラーって名前を。あの事件について、よく海風に乗って聞こえたきた名だ」
あの事件とは、コットニー地区でのマフィアとタレンタム・マギア大学選抜者の抗争のこと。裏には、もっと凶悪な存在があることをほとんどの者は知らない。多くの死傷者を出し、マフィア側には警察関係者などもいて大騒ぎになった。その争いにおおよその片付けをしたのは、組織に所属するカラス達だった。
「世界的にも有名な事件になってたんだね~知らなかった」
「ただの一般人が、しれっとそんな事件に関わるなんてってちょっと引っかかってよ。何かあるんじゃねぇ? っていう勘。時も経ってるし、本当に偶然っていう可能性もあった。でも、どうしてもこの気持ちが落ち着かなかった。で、はっきりさせる為にこっそりと忍び込んだ訳。でも、一人暮らしだったんだな。空き家だったよ。物はそのまんまに、施錠だけされてた。お陰で、堂々と調べ物が出来た。そして、そこで。見つけたそいつが遺した過去の記録を」




