私のドール
―N.N. 回想―
目が覚めたら、自分はまた暗闇の中にいた。ただ、その暗闇には苦痛があった。絶え間なく、陽気な音楽が流れ続ける。聞くだけで、体の奥底から破壊されそうな嫌な音だった。
それを毎日浴びせられて、正気を保っていられるはずもなかった。そして、そのショック状態が影響してか目覚めてはいけない魂の記憶がフラッシュバックした。混濁する意識と記憶、拷問にも等しい日々に絶望していた。
「――う゛う゛う゛う゛ぁ゛ぁっ!?」
自分の身柄は、研究所にあった。そこの所長は神としての役割を与えられながら、罪を犯し追放されてこの地獄へと堕ちた邪神マーラ。しかし、反省の色はなく、同じ過ちを繰り返し続けた。
見境なく女性を集め、さらに陸からも空からも迫害を受けるようになったカラスを引き入れた。そして、集まったカラス達を利用し、非人道的な実験を繰り返した。アレスとも知り合いだったようで、自分は直々にその実験を受けた。あまたの未知なる力を埋め込まれ、中身はぐちゃぐちゃだった。
「男のカラスの鳴き声を聞いても、滾らないなぁ。やはり、レディでなくてはねぇ」
自分はこんなにも苦しいのに、邪神はそんな素振りを見せなかった。演技でどうこう出来るようなことじゃない。これは、埋め込まれた未知の力――龍の力の影響によるものだった。後に、ここの実験で得た結果は更に戦争の渦を深めていくものとして活用されるようになった。
「まぁ、ここまでのことが出来るようになったのはアレスのお陰だから、耐え忍ぼうじゃないか。それに、君は結構凄い。レディじゃないっていうのが、マイナスポイントだけど。壊れることなく、自分の物としていく。既に普通ではなくなっている。見た目に、相応しい能力が身についてきているね。誇りなよ、私のドール」
「も……や、め゛っ! あ゛ぅぅっ!」
涙も、ヨダレも、血も全てが混ざり合ってぐちゃぐちゃになる。胃の中はとっくに空っぽなのに、嘔吐がとまらない。それでも、自分の体は至って健康的だった。
この時には既に、龍の力が自己進化を遂げて――自分は不老不死の力を得ていたのだ。巽君に起こった現象は、先に自分に降りかかっていた。自分の確認した限りでは、自己進化を遂げた上で一定以上の自我を保てたのは自分と巽君の二人だけだ。
「君は反抗期なのかもしれないけど、その色が消えるまでは決して終わらないよ。早く屈服すればいい。そうすれば、楽になる。身を委ね、意思を捨て、アレスのドールとして生きることを決めれば、すぐにでも解放してあげるさ」
「ぁ……ぁぁ」
楽になる、その言葉が頭の中を駆け巡った。理不尽なこの苦行から解放されるのなら、どうにでもなってしまおうかと。しかし、ふとアレスからかけられた言葉が蘇り、その思考を遮った。
『嫌いでしょ、こんな奴ら。身勝手でさ。君の人生を狂わせた。ただ見た目が違うってだけで。全て尊厳を奪ったんだよ。頭からっぽさ。君があの暗闇で生きている中、こいつらは煌びやかな世界で優雅に生きてたんだ。全てを奪った哀れな者達に制裁を。今こそ、復讐の時さ』
(……身勝手なのは、アレスも一緒じゃないか。自分を苦しめて、閉じ込めて……今どこで何をしているんだ? そうか、そうだ。アレスは、ずっと自分に嘘をついていたんだ。思う通りにならなかったからって、こんな風にして……また自分から奪っている。復讐するべきなのは――アレスだ)
その身の覚えたのは、怒り。これっぽっちも自分のことなんて愛してくれていない。道具として利用する為だけに、ここまで自分を育てた。誰よりも身勝手なのは、アレスだった。そして、それに気付いて自分は決意した。
(必ず、ここから出てみせる。もう、自分は……誰も信じないっ!)




