待つ者
―N.N. 回想―
「――さて、そろそろ時間だね。やることは、あっちもこっちも盛りだくさん。君も、しっかりと寝てね。寝る子はよく育つらしいよ。ばいばい、おや――」
「自分も行く! 自分も外に行く! 行きたい!」
立ち去ろうとしたアレスの手を、強く引っ張った。
「え!?」
それが予想外だったのか、彼はしばらく愕然としていた。
「外見たい、外、外! 外に行く~!」
この頃になると、自分は普通にコミュニケーションを取れるようになっていた。読書や勉強で、見たことのない外の世界を想像出来るようになった。そして、それを実際にこの目で見てみたいと強く思うようになった。
「お願い~ちょっとだけでいいから~ね? 夜は、人を隠すんでしょ? 自分のこともきっと隠してくれるよ! お願いっ!」
「う~ん……」
「見たいなぁ、見たいなぁ」
「……今は、まだ早いかな」
そう言って、自分の手を払いのけた。それは、明確な拒絶だった。少しだけ痛かった。手も、心も。
「えっ」
「今、この世界を見せた所で……ねぇ。もうちょっとなんだ」
「怒ってる?」
「あ、ごめんごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。怒ってないさ」
「じゃあ、どうして……」
何とも言えない悲しさに襲われて、目の前が滲んでよく見えなくなる。これは、涙だ。アレスがいなくなった後、いつも涙が溢れてくる。
「ん?」
(あの物語の主人公は、人前では泣かないようにしてた。だから、自分もアレスの前じゃ泣かない。絶対に泣かない。後で泣くもん。どうせ、お外行けないし)
涙は、人に見せてはいけないと本の主人公が堪えているのを思い出した。彼に見られないように、俯いて歯を食いしばる。
「約束するよ、絶対に外の世界を見せてあげるって。もう少しだけ待っていて」
「もう少しって、どれくらい?」
「じゃあさ……少しの間だけ、ここに来なくなってもいい? それだったら、早く出来るかも」
「それは……」
(外に行けないのは嫌だ。でも、アレスに会えないのはもっと嫌だ!)
ぐっと涙を堪えて、彼に抱き着いた。
「ごめんなさい、待つから! 自分待てるから。約束守ってね。だから、来なくなるのは嫌だ。もう少し待つからね。自分、待てるからね。だから、だからね……毎日来て」
「フッ……」
独りの時間が長くなることの方が、辛くて寂しい。それくらいなら、想像の中で外の世界を思い描き続ける。
「そうか、うん。じゃあ、もう少し待とう。まぁ代わりにはならないかもしれないけど、この本をあげよう。いつもよりも分厚くて、難しい本さ。いっぱいいっぱい考えて、読み進めてごらん。必ず、力になるからね……」
「うん……」
恥ずかしながら、無知だった自分にとってアレスこそが全てで救いで支えだった。だから、少しでも長く一緒にいたい――そう願っていた。




