サンドイッチを食べよう
―N.N. 回想―
しばらくして、やってきたアレスは目を丸くした。
「あぁ、そうかそうか……うん、そうだよね。分からないよね、これが食べ物だってことも。いや、食べるってことも、可哀相に」
そして、サンドイッチを持っていただけの自分の前に歩み寄った。
「まず、このビニールはこうやって剥がす。それで、ちょっと押し出したら食べやすくなるよ」
自分の手を操りながら、彼はサンドイッチを食べられるようにした。
「って、言っても無理か。じゃあ、まずは匂いを嗅いでみようか。ほれっ」
「う!」
自分の手を持ち上げ、サンドイッチを鼻へと押し当てる。経験したことのない感触と匂い。もうその日だけで、驚きという感情を完全に理解した。
「美味しそうな匂いでしょ? じゃあ、次は食べてみよう。サンドイッチはねぇ~簡単に手でちぎれるんだ。それ~ってね」
「あ……」
手の中で、一つだったものが二つに分裂した。でも、形は違った。同じ物なのに。当たり前でも、無知だととてつもなく神秘的に映った。
「口、入れてごらん。ぽいっって」
自身の口を指差し、手から投げ入れる動作をしてみせた。ただ、意味を全く理解出来なくて、自分は見たままにやった。ちぎったサンドイッチを、アレスの口にめがけて投げるという行為を。
「わ! 違う違う! 俺に投げないで! わわわ! コツを掴んでくれたのは、嬉しいんだけど! サンドイッチが勿体ないから!」
しかし、全く入らなかった。なので、教えて貰ったようにちぎって量産した。
「美味しい店のサンドイッチなのに、それをゴミにするような真似しちゃ駄目だって! わっ、もうそんなに小さくなってる! はっ、もしかして……俺の口に入れるものだって認識しちゃった? 違う、違うんだってば! 君に食べて欲しいんだよ!」
アレスは困ったように笑いながら、必死にそれが床に落ちないように受けとめ続けた。そして、自分の手から完全に消え去った後、彼の手からそのサンドイッチを食した。
「ぅんむ」
「噛んで。ほら、こうやって」
自分の顎を掴み、上下させた。その上で、さらに彼自身も咀嚼の真似を分かりやすく見せた。それで、何となく感覚を掴めた。
「ん……はぅ」
あの溶けるような柔らかさと、まろやかなチーズの味を忘れたことはない。それが、人生最初の食事だったから。煌びやかなものでもないが、強く焼き付いている。
「……はぁ、疲れた。もっと色々教えてあげないとね。急務だな、こりゃ。でも、俺は仕事があるから……そろそろ行く。また、夜になったらご飯を持ってくるね。はぁ……妹が赤ん坊の時でも、こんなんじゃなかったよ……」
酷くぐったりした様子で、彼は出て行った。そして一人、闇の中でサンドイッチの余韻を味わい続けた。




