理解する為に
―ホテル屋上 夜―
イザベラさんに代わって、このホテルを守る為に力を消耗した僕は屋上に落下した。叩きつけられた痛みはあったが、それに勝る達成感があった。
「そんなに引っ張らなくても……自分は逃げも隠れもしないのに」
「信用出来るかよ。てか、びっくりしたぁ……ふっと落ちてくから、まさかの死かと思ったぜ」
ゴンザレスは、N.N.の手を引っ張りながらゆっくりと屋上に着地する。
「死なないよ……今はね」
「いやいや、色々大変なことになってるんだが」
「ん……? あぁ、頭から血が出ているのか」
どこに一番大怪我を負っているのか分かっていなかったが、血が真下にぼたりと滴り落ちて現状を理解した。
(情けないな。こんなことで怪我をするなんて。とりあえず、止血をしよう)
僕は袖を破り、ゴンザレスに尋ねた。
「どこが一番酷い?」
「え、あ~……ここらじゃねぇかな。てか、何なら俺が治癒の魔法でも……」
ゴンザレスは、自身の前頭部を指差しながら言った。
「君だって、力はかなり使っているはずだよ。それに、君は帰らないといけないんだ。瞬間移動でね。君は他人には殺されないけど、自分で自分を殺せるんだ。うっかり自死なんて……困るからね」
「それって……心配してくれるっていう認識でいいのか?」
「そのつもりで言ったんだけど……」
親切心を、それ以外のもので捉えられてしまうなんて心外だ。
「ほ~ご心配どうも。じゃあ、とりあえず俺が代わりに巻き付けてやるよ」
不機嫌そうな顔から一転、殴りたくなるような笑顔を浮かべて、ゴンザレスは僕から袖をひったくる。
「い、いいよ。それくらい、自分で……」
「ちゃんと巻き付けねぇと、駄目だろ。遠慮すんなよ、別に下手なことはしねぇから」
そう言うと、ゴンザレスは器用に袖を僕の頭に巻き付け始める。
「うっ!」
多分、取れないように結んでくれたのだろう。ただ、それで締め付けが強くなって痛みがほとばしり、情けない声が漏れてしまった。
「出来たぜ? でもよ、あんま強がるなよ。いつだって、俺は治してやれる。自分の限界くらい、自分で見極められるんだ。ま、それは置いといて。とりあえず、この場所と巽の応急処置はどうにか出来た訳だが、N.N.はどうするんだ? かなりヤバめだけど。不老不死とは言えども――」
「あのさ……思ってたことを言ってもいいかな?」
すると、しばらくじっとこちらの様子を静かに見つめていたN.N.が不思議そうに問いかける。
「なんだ?」
「少なくとも、自分とゴンザレス君は初対面だと思うんだけども……どうして、そんなに自分のことを知っているのかな?」
「調べろって言われたからだぜ、巽に」
「……よく調べたね。もう自分に関する資料は消したつもりだったんだけど」
僅かに、N.N.の表情が曇る。
「瞬間移動出来ると、セキュリティなんてどうってことないからな。立ち入り禁止ゾーンに侵入しまくって、や~っとだ」
「負担を考えれば出来る人はいないし、不審者が内部から突然そこに現れるなんて思ってないからね。これが明らかになることがあれば、厳しくなるだろうけど。で、そこまでして調べる必要はどこにあったのかな、巽君」
「内から見る情報と、外から見る情報を照らし合わせたかったんです。それらの情報で、貴方を成敗するつもりでした。ただ、あの時とはもう気持ちが変わっているので、そのつもりはありません。でも、貴方のことをもっと知りたい。龍も全てを把握している訳ではないようなので……」
「えぇ……俺の時間……」
ゴンザレスの目に、失意が灯る。こうなることは見えていたが、嘘はつけない。後で、きっちりと謝罪するつもりだ。
「打ち倒す為じゃない、理解する為に知りたくなったんだ。目的が変わっただけ。無駄じゃないよ、ゴンザレス。だから、まずは……貴方の人生を教えて欲しいんです。その後に、ゴンザレス……君の調べた情報について聞かせて欲しい」
最初の目的とは違う。重要性も低くなって、ゴンザレスのテンションが下がってしまうのも分かる。でも、僕らの知ることとゴンザレスの知ることは違う。これは、改めて自分自身を見直す良い機会になるだろう。
「フフ……理解か。果たして、巽君には出来るかな――」
N.N.は、腹部に突き刺さったままになっている剣を撫でながら、自身の境遇について静かに語り始めるのだった。




