その礎に僕は成る
―上空 夜―
僕の頭によぎるのは醜い争いの為に死んでしまった者達、僕がアルバイトで務めていたレストラン・ファミリアの人達、タレンタム・マギア大学で選抜者だった人達、生きていく為にコットニー地区で暮らしていた人達のこと。皆、ただ巻き込まれただけ。それぞれの幸せを、それぞれの形で抱いていたのに。それを、争いは許してはくれなかった。
絶対に許せないことだ。けれど、その争いがあったから出会えた人達がいること、生まれたものがあること、その事実を僕は知っている。その全てを否定出来ない自分がいる、それがもどかしくてしょうがなかった。
(残酷だ。どれか一つが欠けても、出会えなかった人達がいるなんて。幸せなだけが、人生じゃないんだ。でも……)
こんなことは、続いちゃいけない。過去の浅はかな陰謀から生まれた深い大きい溝。その溝を越える為の架け橋は作られた。でも、その架け橋はまだ少し不安定で脆く見えてしまうのか、多くの人はその場に留まり続けている。
だから、その溝を埋めるのだ。必要なのは架け橋ではなく、元あった姿に戻すこと。その為に、国全体を巻き込ませた。野次馬は集まるだろうが、恐らく警察などの機関が動いて制御はしてくれるだろうと思った。しかし、それでも危険な状態になってしまうことは間違いない。仕上げをするには、力が必要だ。けれど、もう僕らはほぼ力は使い果たしている。
「ゴンザレス、最後の仕事だ。どうか力を貸してくれないか」
「何ですかー何ですかー」
「真面目な話だよ。君がどれくらい見て来ているのか分からないけれど、このホテルは危険な状態だ。イザベラさんが保ってくれているけれど、彼女も随分と疲弊している。彼……いや、僕に力が集中した影響は少なからず受けている。このままじゃ時間の問題だ。死傷者多数なんて、綺麗な話にはならない。始点を、ここに置くんだ。加えて、カラスの英雄と人の英雄……が揃えば完璧だ」
「え!? じゃあ、俺が人間の……」
「ん? 違うよ」
本当はそのつもりだった。けれど、この国の騎士の人が来ているならそっちの方がいい。冷静になれた今、イザベラに宿る破壊の龍の力を通して、その光景を見た。英雄になるに相応しい。
「俺は踏み台かよ……」
「決して無駄じゃないでしょ? 協力してくれるよね」
「はぁ……」
ゴンザレスは、がっくりと肩を落とす。異世界の、しかも他国の英雄になった所で、その称号は持って行くことは出来ない。そこまで落ち込むことだとは思わなかった。
「とんでもない男だなぁ、巽君」
「当然ですけど、貴方にも役割はありますよ。それ相応の責任は背負って貰います。ただ、今はその状態ですから……黙って見ていて下さい」
「ハハッ……辛辣だ。でも、事実だ。従おう……勝者にも、温情で敗者にもなれなかった自分には……そうするのが筋だよね」
「お願いします」
そして、僕は落ち込むゴンザレスの手を取る。
「守ろう。そして、これが……僕のせいで散っていってしまった人達に出来る償いなんだ。幸せを願っていた彼らの為に、共に」
「は~い、立派な踏み台になってやるわ」
締りは悪いが、ちゃんと協力してくれるゴンザレス。二人の力が一つとなり、建物全体に流れていくのが分かる。
「縁の下の力持ちって……言って欲しいな。いいじゃないか、たまには」
「俺はずっと縁の下なんだよ! くそったれ、こうなりゃやけくそじゃい! ここにいる全員の命守ってやる! 力持ちだからな!」
そして、龍の力を通じて見えた。イザベラが他の力の介入を受けて、驚いている様子が。
(貴方には……全てを押し付けることになるかもしれません。ごめんなさい。僕に出来るのは、貴方を少し楽にしてあげることだけなんです……)
このホテルが何事もなく、そこにあること。ここであったことを見ている人達がいること。ここでの混乱は、全て人でもないカラスでもない存在が巻き起こしたのだと。それに対処する為に、人とカラスが手を取り合ったのだと。大人も子供も、全ての人にそう認識して貰う――その礎に、僕は成る。




