俺を信じて
―ゴンザレス ホテル 夜―
穴を出ると、そこはベランダらしき場所だった。やはり、外側は損壊は激しくない。建物として機能しているようだ。
(絶対に、周囲を巻き込まねぇという強い意思を感じるぜ……)
外には出られたが、問題はここからだ。魔力を封じ込めるものが、外にまで及んでいたら――俺は、このベランダを伝っていかなければならなくなる。距離はあるし、めぼしい突起物も少ない。超ハードモード、ロッククライミングだ。
もう走り疲れたし、腕も痛い。これ以上のことは、なるべくならしたくない。これで駄目だったら、心が真っ二つだ。
(どうか、目を開けたら……屋上でありますように!)
心をはらはらさせながら、目を閉じて念じる。その刹那、体が浮く感覚を覚えた。
「来たっ!」
目を開けると、景色は様変わりしていた。周りは柵に囲まれて、月明かりを独り占めしている空間。そして、上空にある二つの人影。間違いない、ここはホテルの屋上だ。俺の予想は当たっていたし、瞬間移動も成功した。
「……危険じゃよ、ここにおっては」
突然、背後から声をかけられた。振り返ると、そこには一人のじいさんがいた。こんな場所にいるのには、かなり不釣り合いな人物。
しかし、そのじいさんから感じるのは強大な力。老いるにつれて、人は魔力を失っていく。この世界において、老衰とは魔力の完全消失によって引き起こされるという。このじいさんは、見た目から判断すれば八十代後半くらい。失礼かもしれないが、年相応のものではない。
それに例外があるとすれば、人でないということだ。
「そんなこと知ってるぜ。危険なら、いくらでも背負える」
「そうか、たくましいことじゃ」
「で……じいさんは、なんでここにいんだよ」
「ここにおれと言われておったからの。しかし、突然……支配がなくなった。今しがた、ここを去ろうとしておった所じゃ。もう理由もないしの。そこに、お前さんが来たんじゃよ」
「はぁ……支配?」
どうやら、じいさんは自ら望んでここにいた訳ではないらしい。支配というのは、洗脳かその類だろうか。
「ふふ、理解してもしょうがないことじゃろう。それより、急いでおるんじゃろう。声をかけてすまんかったの。じゃあの」
あまり深くは語りたくない様子で、愛想笑いを浮かべる。
「おい、ちょ――」
そして、俺の疑問を解決することなく、空気に溶けるように姿を消した。
「瞬間移動ともまた違う。人間じゃねぇのは、明らかだが……とりあえず、今は――」
これに関しては、巽の方が詳しいだろう。後で聞けば分かること。俺は気持ちを切り替え、上空に再び視線を向ける。そして、二人の下へと急いだ。




