俺は行く
―ゴンザレス ホテル 夜―
歪に成り立つホテルの中を、俺は屋上を目指して必死に駆ける。
「はぁっ、はぁっ……」
わざわざ足を使っているのは、瞬間移動などが使えないからだ。フロントから一歩出ると、すぐにそれは分かった。どうやら、外に漂う魔力をなるべく集中させようと――魔力の独占をしているらしい。
「くそ、面倒だぜ!」
魔力に頼れない以上、実力が試される。とりあえず、一番役立ちそうな階段を使っているのだが――一向に屋上には辿り着けないでいた。破壊が進むホテルを無理に保とうとした結果、内部の構造は滅茶苦茶になってしまっていたのだ。
これは、イザベラの力によるものだ。建物の外側に力を向け始めているのかもしれない。その為に、建物内が疎かになっている。息を吹きかけただけで、崩れてしまいそうだ。時間の問題だった。
「時間がねぇ! 急げ、頑張れ! 俺っ!」
最近は、国王としての仕事でいっぱいいっぱいで、鍛錬が疎かになっていた。加えて、巽からの無茶振り。貴重な合間を縫って、資料を漁る日々。なるべくしてなった運動不足だった。
(吐きそうだ! ついでに心臓もとまりそうだ! それでも、俺は走り続ける! じゃねぇと、とんでもねぇことになる! あいつの守りたいものを守ってやれなくて、この世界に留まり続ける資格なんてねぇんだ! 死ぬ気でやれ! どうせ死なねぇんだからよ!)
歯を食いしばり、頭の中と腹の中がぐちゃぐちゃになりながら、見えない階段の終わりを目指して走り続けた。そんな時だった。
「どぅほっ!?」
突如、轟音が響き、ホテル全体がぐわんと揺れた。その衝撃で、俺の立っていた段から下が崩れる。咄嗟に、俺は前の段の淵を掴み、九死に一生を得た。
「っぶね~!」
宙ぶらりん状態。ここから落ちたら思うと、ぞっとする。絶対に痛いし、また一からやり直しなんて気が遠くなる。さっきの衝撃で崩れてしまった所もあるし、ルートも変わっているはずだ。
(俺は、何としても辿り着くんだ、絶対……ん?)
ひんやりとした夜の風が、肌に触れた。
(一体、どこから風が?)
先ほどまでは微塵も感じなかった、外の気配。どこかに穴が空いたのかもしれない。外に出られれば、もしかしたら魔力の制限がないかもしれない。
周囲を見渡すと、上にぽっかりと穴が空いているのが見えた。ちょっと遠いけれど、踏ん張れば行ける。
「よしっ! ワンチャンを目指すか……」
懸垂をするイメージで、俺は体を押し上げる。腕は無理だと嘆いているが、甘えは俺には通用しない。
「だあぁあああっ! っしゃぁ!」
気合で第一関門を乗り越え、無事に俺は地に足を着けることが出来た。ただ、俺が乗っかったことで、その段も嫌な音を出す。
(喜びの舞を披露している場合じゃねぇな。素早く行動しなきゃ駄目だ。そして、すぐにあいつらの下へ……!)
俺は息を大きく吸い込んで、穴に一番近い場所まで駆け上がった。後ろの方で、崩れてく音が聞こえるが気にしない。
そして――。
「待ってろ、この俺をっ! 行けぇっ!」
勢いよく壁を蹴り上げ、穴を目指し、手を伸ばして――。




