誰よりも君の為
―N.N. 上空 夜―
その彼の放った一撃に、とても痺れた。心理的な意味でも、物理的な意味でも。
「一瞬だけ……死ぬって思ったよ。こんなこと、いつぶりかな。やっぱり、巽君の体は凄いなぁ」
「話す元気があって良かった」
勢いのままに空を飛んでいた自分を、彼が優しく受けとめる。
「おかしいなぁ。死ぬはずないって分かってるのに」
「それが、一番望んでるイレギュラー?」
「かなぁ。それが起こる気がしちゃったんだよねぇ。だって、見てよ……自分の体。十秒くらい経ったのに、血とか出てるんだよ。こんなこと今までなかった。一体、どれくらいかかるんだろう? 体も全然動かせない。ビリビリ来てるよ」
自分は不老不死、それを打ち砕くイレギュラー。もはや、この世界には存在しないと思っていた。この世界の住人である限り、巽君にも成せないとも思っていた。でも、たった今それが揺らぎ始めた。
きっと、彼が自分を殺すつもりだったなら――跡形も残らなかったかもしれない。つまり、慈悲を与えられたから、息をしている。
「何だか……馬鹿みたいに思えてきたよ。自分が相当な時間をかけてやってきたことが……出てきたばかりの人に、呆気なく防がれてしまうなんて。結局、出来る人は限られてる。努力とか綿密な計画とか無意味でさ、才能と運のある人が全てを持って行く。そういう人が、茶番を刺激ある物語に変えられるんだね」
自分がどれだけやっても、そんな人には及ばない。それが、証明された。
「……そんなことない」
「ハハ、何を根拠に? 下手な慰めならいらないよ」
「僕が君をとめられたのは、その土台が出来ていたからだ。決して、偶然でもなければ、僕一人によるものでもない。その土台を作ってくれた人がいる。巽のようにね」
「はぁ……土台を作ってくれている人がいて羨ましいなぁ。同居人が邪魔してこないんでしょ? しかも、意識せずに……勝手にそこにいた。自分は洗脳したり、記憶を改ざんしたり、脅迫したり、衰弱している所につけ込んだりして何とか集まったんだ。それでも上手くいかなかった。寄せ集めってそういうことだよね」
一人で出来ないと分かっていたから、仲間を無理矢理集めることを決めた。幸い、自分には莫大なほどの知識があった。禁忌を扱い、心と記憶を利用した。そうすることでしか、有能な者を手元に置いておくことが出来なかったのだ。自分には魅力がない。あるのは経験と知識、ただそれだけだった。
「……本当にそうかい?」
「はぁ?」
「確かに、君は多くの者達をその手段で引き込んだ。今の僕には、龍の記憶がある。中には、本心から君に付き従っている子もいるじゃないか」
「え……誰?」
そんな組織のメンバーはいただろうか。衰弱しきった者の目には、自分は天使のように映っているらしい。その効果を利用し、言葉巧みに皆を集めた。上手く行かなければ、強制手段を用いた。その為、思い当たる節がなかった。
「イザベラ……今も、君の為に頑張っている。きっかけこそ、そうだったのかもしれない。でも、彼女は君の弱さも脆さも全て理解した上で、そばにいるんだよ。証拠は、このホテルが崩れていないこと。どれだけ追い詰められ、苦しくても……最期までホテルを崩さないように。最低限の犠牲で済ませたいという、君の信念を果たす為に――」




