行き場と身に覚えのないもの
―ホテル屋上 夜―
喧嘩を売ったのは、この僕だ。なのに、喧嘩はやめようだなんて都合のいい話だ。相手から見てみれば、負けるのを恐れていると思えるだろう。そう思われたっていい。僕は、ちゃんと向き合わなければならないのだ、この罪と。
「……ジャンヌ」
一人苦しむ彼に向かって、僕はそう声かけた。
「ぁ……?」
彼は気の抜けた声を漏らし、硬直する。
「ジャンヌ、それが過去の貴方の名前ですね」
「……龍の記憶か? それとも、今更君も思い出したって冗談か?」
「どっちもです。僕は、もう貴方とは戦わない。ただ、話がしたい」
「どの口がそれを言うんだぁ? ハハ……困るなぁ、そんなイレギュラーは。魅せられないよ」
「分かっています。でも、今しがた気付きました。僕らは、ちゃんと話し合うべきだと。その前には、過去を清算しなければならない。だから、ジャンヌ――」
彼は、食い気味に怒りを露わにして叫ぶ。少し前までの飄々さは微塵も感じられない。完全に追い詰められた人のそれだった。
「うるさいっ! 何度も何度もその名を口にするな! 自分は……もう君の顔を見るだけで限界なんだよ。まだ痛い目を見ないと分からないのか? 自分は苦しいんだよ。君を傷付けたくないのに、傷付けなければ壊れてしまいそうになる! 何度も何度も克服しようとした! だけど、無理だった! 魂が強く君を殺すことを求めている! あぁ……都合がいいよなぁ、君は! こっちが思い出させてあげようとしたら、逆に記憶をなくしてしまうし、思い出したら急に踏み込んできて……」
「え? どういうことですか?」
誘拐されて、僕は確かにこの国に来てからの記憶を一時的に失った。苦痛を永遠に与えられ続けられたストレスによる影響なのは明白。それを利用して、僕から記憶を奪うことを目的としていたのだと思っていたのだが、先ほどの言葉によると真逆のことを予測していたらしい。
「自分はさ、君みたいにされて……前世の記憶を思い出したんだよ。それからが地獄の始まりだった。自分の意思とは裏腹に、行き場もない憎悪と身に覚えのない使命感に襲われる。でも、それが誰に向けられているものか分からなかった……君に出会うまではね。自分は思い出してさ、その相手が忘れてるなんてさぁ、納得いかないじゃん。だから、自分と同じ道を辿らせてやろうと思った。結果的に傍にも置いておけるし、いいかなぁって。まぁ全部真逆になったから、どうでも良くなったんだけどなっ!」
そして、彼は表情を歪ませて、魔力と憎悪をまとう拳を僕に浴びせた。




