魅せてよ
―ホテル屋上 夜―
見えなかった。一度も目は離していないし、瞬きもしていないのに。僕には彼の動きを追えなかった。認識した時には、既に拳が僕を捉えていた。
「っ!」
「ほらぁ!」
「なんで……!?」
「見せてよ、今までみたいにイレギュラー!」
かわしてもかわしても、僕を確実に殴る。捉えられないのだ。視覚的にも、感覚的にも。
「自分が強いから、かわせないんだって思ってる? だったら、それは見当違いも甚だしいよ」
「うっ! あ……あ……え」
彼は、僕の首を掴んで持ち上げる。離せと言ったつもりが、上手く発音出来なかった。
(息が……苦しい)
「自分は、実はそんなに強くないんだ。自分が強く見えるのは、周りに異常に強い装飾品があるから。つまり、ファッションなんだよ。ただ自分は、皆より直感というか……予想能力が高いだけ。その予想についていけるほどの力さえあれば、どうってことはない。何百年と生きれば、精々百年程度しか生きられない普通の生物の能力くらい超えられる。完全実現出来るようになったのは、つい最近のことさ。無駄に生きた分、経験を積み重ねられたってことかなぁ」
(なんてどうでもいい話なんだ……!)
どうにか逃げ出そうと、必死に足をばたつかせる。だが、彼はうんともすんともしない。ならば、と腕を破壊することを試みたのだが、目に激痛が走り、失敗に終わった。
(なんだ? 今の……)
眼球が引き裂かれたのではと感じる痛み。間違いなく顔に出たが、特に言及もなく、窒息感への苦痛が上手く誤魔化してくれたのかもしれない。
「しかも、自分だけじゃなくて、魂の過去の分までもくれた。だから、経験にないこと――イレギュラーには弱い。好きなんだけど、そのせいで、この世界に飽きてしまったんだ。あ、意識はまだ飛ばさないでね。静かに聞いてくれてありがとう。じゃあ、次はどうしようか?」
気絶しそうになった直前、彼は手を離した。そのまま、僕は地面に叩きつけられる。手足が痺れ、背中から全身に痛みが広がっていく。
(このままじゃいけない。本当に負けてしまう。せめて、対等に渡り合わなければ……意味がないっ!)
目と全身の痛みに耐えながら、僕は転がって距離を取った――つもりだったのに。
「分かってるよ、巽君。今、君は……負ける、対等に渡り合わないと駄目だって思ったでしょ?」
逃げた先に彼が待ち構えていて、ボールを受けとめるように僕を踏みつけた。
「どんな風に逃げ出すのか、自分には見えたよ。どれもこれも予想通り……どうしたの? ここに来て、イレギュラー起こせないの? それでも、王かよ。魅せてよ、君の本気をさ」




