誰も
―ゴンザレス ホテル 夜―
あんなにずっしりとしていた金属の塊が、嘘のように消えていた。それに、なんか静かだ。
「下は、普通の衣服とは。子供のお遊び感覚で、こんな所に潜り込んだのか?」
ガラハッドは、俺の喉元にまだ薄っすらと光を発する剣の切っ先を向けていた。警戒は解けていないし、信頼も得られていないらしい。
(あれ? さっき後ろにいた自称悪魔はいずこへ……?)
「案ずるな。あの女の目は、僅かの間使えない。少し視線をずらし、見てみるといい」
「お、おぉ……ほんまだ」
言われた通りにやってみると、彼の背後で目を押さえて苦しんでいる彼女の姿はあった。
「わざわざ、貴様……いや、お前の為に取ってやった時間だ。本来なら、こんな形で使うことは本意ではなかったのだが」
「マジすか……」
あの攻撃を全てかわした彼女のことを考えると、先ほどの閃光は非常に有効だと思う。行動不能になっている今なら、彼女に危害を与えられたかもしれない。二回目をやるとしたら、相当な不意を突かなければ意味を成さないだろう。それなのに、その貴重な時間に俺と相対している。
「私は、お前の動きをずっと追っていた。あれほどまでに危険な目に遭いながら、私やあの悪魔に対して一切の攻撃行動をしなかったのは何故だ? 回避や防御に徹した理由は?」
「え?」
想像していなかった質問に戸惑った。もっと他のことを聞かれると思ったのだ。
「答えろ。時間がない。返答がない場合、私はこのまま再びお前も敵として扱う。状況によっては、命を奪うことすらありえる」
剣の刃を僅かに傾け、わざとその感触を俺に味合わせてくる。ひんやりとして、ゾクッとする。死を予感する感触だ。
(ひょぇええっ! おっかねぇ……)
この世界にいる間、俺に死はない。だが、その分の死の味は感じてしまう。それだけは逃れられないのだ。俺は別にマゾヒストでもないし、急がなければならない。しなくていい戦いならしたくない。
「……戦う理由がないんだよ。俺は、別にお前達を敵とは思ってない。協力し合えるならしたい」
「ならば、何故ここにいる。一般人であるなら、わざわざ潜伏するような真似をする必要はない」
「待ってる奴がいる。これは、どうしても通らねぇといけねぇ道だった」
「このホテルにか?」
「俺も救出活動には参加してたし、それらしい人物がいなかったことは分かってる。でも――」
どこからか、イザベラのように現れることも出来るはず――と俺が言うより先に、彼は剣を下ろした。
「ならば、行け。待ち合わせ時間は過ぎているんじゃないのか。待つのはいいが、待たせるのは駄目だ。人と人との繋がりは脆い、大切にせねばならない」
「い、いいんすか……!?」
「失礼な真似をした。私は、お前を信じる。このホテルでの出来事、それに関わる出来事は何かおかしい。奇怪なことを知るのは、奇怪な者だけだ。私には、この女を討つ使命がある。それなりの腕があると見込んで、お前に任せる」
「……ありがとう」
頭を深く下げると、どこか彼は気恥ずかしそうに言った。
「いいから行け。そろそろ、目くらましの効果が切れてくる頃だ」
顔を上げて見てみると、彼女は片目を押さえながらじわりじわりとこちらに近付いてきていた。
(床ねぇのに、床あるみたいに歩きやがって……)
「助かるぜ、騎士様。あと、図々しいことを承知で言うんだが――」
瞬間移動をする直前に、俺は言った。
「誰も殺さないでくれ」




