敵意をむき出しに
―イザベラ ホテル 夜―
瞬間移動、それは常人に成せる技ではない。急激に移動速度を上げる為、それに体がついていけず呼吸器官が弱る。そのまま最悪の場合、死に至る。
(どうして、この兵士はぴんぴんしているの!?)
しかし、目の前に一人残る兵士に苦しそうな様子は一切ない。それどころか、私を煽る余裕すらある。
(龍の力は感じない。けど、特殊で何か……強いものを感じる)
何にせよ、ただ者ではないことは明白だった。コバエ達の中に、こんな奴がいたら絶対に気付いていたはずだ。後から来たか、ずっと気配を隠していたかのどちらかだ。
(実質一対一だと思っていたけれど、これはまさかね。一対二になってしまうじゃない。とにかく、今は視界を良好にしないと。三つ目は、一時間あれば完全に修復する。それまでは、見えない所に隠しておきましょう)
混乱する私に追い打ちをかけるように、ガラハッドは剣を振り下ろし続ける。けれど、何度も不覚を突かれるほど、未熟じゃない。
「……何? 額の目はどこへやった」
「貴方が切り裂いたから、消えちゃったのよ」
ぼんやりと赤みがかった視界が晴れて、代わりに視野が狭まる。といっても、三六〇度見えていたものが通常に戻っただけだ。
「それは違う! 騎士様、騙されんなよ!」
「ほう……っ!?」
もはや、この騎士だけに意識を向けていてはいけないと思った。攻撃すると見せかけて、私はひらりと宙を舞った。
「ごちゃごちゃとうるさい外野。そんなに仲間に入れて欲しいなら、入れてあげるわ!」
彼の後ろには、ちょうど私のあけた穴があった。
(いくら一回目は平気でも、そう何度も瞬間移動を使えるはずはないわ。あれだけの大人数を移動させたんですもの。限界値は必ずあるわ。そして、それは既に迎えているはず。なら、あの穴から落とせるわ! 厄介な相手は、いない方がいいに決まってる)
佇む兵士に向けて、勢いに乗せて蹴りを繰り出す。それを、彼は両手をクロスさせて受けとめる。私の勢いに負けて徐々に後退していくものの、体勢を決して崩すことはなかった。
「いやいや、これじゃ仲間外れじゃん?」
その発言の直後、穴に落ちる寸前だった彼が忽然と消えた。
「っ!?」
勢いに乗っていた私の体は支えを失い、穴に招かれる。そんな中、背後で再び兵士の声がした。
「痛みも苦しみも、もう慣れたんだ。つー訳で、仲良くしようぜ。俺ら、似た者同士だし気が合うと……思わねぇか?」
異常者同士分かり合える、そう言いたいのだろう。でも、お断りだ。後にも先にも、私にとっての仲間は組織にしかいないのだから。私は翼を広げ、宙を飛ぶ。鳥族なのだから、無様に落下したりはしない。
「やってくれるじゃない。貴方、ただの兵士じゃないわね。そんな器ではないわ。もしかして、事前に騎士様と打ち合わせでもして潜んでいたのかしら」
私は、凡人に成り済ます彼に問いかけた。
「いいや、勝手に参加したんだ。騎士様を見ろよ、俺にも敵意むき出しだ」
そういえば、フェイントをかけてからガラハッドがやけに静かだった。視界が狭まったことで、捉えにくくなっていたので気が付かなかったが、私達を同時に攻撃出来る位置で剣を構えていた。




