一輪花
―N.N.ホテル前 夜―
「――なんだ、なんだなんだ?」
突如現れたガイアに、野次馬達がざわつく。
「ちょっと! ここから先は……」
その騒ぎに気が付いた警官が、静止しようと立ち塞がる。しかし、彼女が触れた途端、その警官のまとう警戒が一気に消える。
「ごめんね、お母さん……どうしても、これだけはやらなきゃいけないの。だから、ちょっとだけ……静かにしててね」
愛おしそうに、彼女は警官の頭を撫でる。すると、大人しく警官は引き下がる。
「何をしているんだ!」
「あらあら、困った子達。ごめんね、今はどうしても……構ってあげられないの」
次から次へと、近付いてくる警官を無力化させていく。
「えー、白いドレスに身を包んだ黒髪の女性が現れました! 彼女に近付いた警官達が、道を空けていきます! 一体何者なのでしょうか!?」
黒い髪に白いドレス、紅い唇。素材は宝石のようで、磨けばいくらでも輝く女性。人間達は、この美しさに夢中だろう。自然と好意を寄せてくれるだろう。不潔な相手では、何を言っても響かない。印象は、僅か三秒程度で決まってしまうという。それは、どれだけかかっても覆せないくらいに強く影響する。
だから、自分はガイアを選んだ。戦闘には適正がない分、立派な広告塔になって貰うことにしたのだ。
(うん、やっぱり綺麗だ。元気な姿は……嗚呼、でも、これは彼女のありのままじゃない。後から付け加えられた偽りの姿。それを、与えたのは自分。後悔もしてる。なのに、美しいと感じてしまう……自分、イカれた殺人犯みたいになってきてるのかな。いや、気のせいかもなぁ。本当にイカれた奴は、こんなことを考えることもない。まだまだだったなぁ。残念……)
「皆様、ご覧の通り、私はカラスでございます。けれど、平和と安寧を願う気持ちは皆様と一緒。共に祈り、共に願いましょう。英国騎士団の方々が、無事であることを。信じて待ち続けましょう? 大丈夫、だってあの子達は皆強いもの……」
彼女は、優しく語りかける。それでいて、堂々としている姿は凛と咲く一輪の花のようだった。それに見惚れる虫共が、遠くから静かに様子を見守る。あんなに、喧噪に包まれていたのが嘘のよう。響くのは、ホテルからの爆音のみ。
(とりあえず、大丈夫そうだね。今の彼女になら、任せられる。最悪、無駄に正義感に駆られて中に入ろうとする輩が現れても、触れればどうにかなる。効かぬ相手でも、包容力で抑えられるだろう)
「さて、自分らもそろそろ行こうか。儀式が待ってる」
「嗚呼」
「……そう、じゃな」
「ん? どうしたの」
変幻の龍の声色がおかしいと思い、見てみると顔色が相当に悪かった。
「すまぬ……分裂の影響と母なる龍の力が効いてのぉ。気分がふわふわしておるわ。じゃが、問題はない……見張りくらいの務めなら果たせる……」
「そうかい? 頑張ろうね。じゃあ、ホテルの屋上に行こうか。終焉の幕は上がったんだ。フフフ、アハハハハ!」
イレギュラーに包まる中の最終目標の達成、果たしてそれが成せるのか――想像するだけで笑いがとまらなかった。




