血の巡り
―学校 夕方―
「あ~やっぱり、アーナ先生の淹れる紅茶は美味しいぜ」
教授は、紅茶を飲んでそう言った。美味しいと感じているのが声だけでなく、表情からも伝わった。こんなに幸多そうな表情で紅茶を飲む人を、僕は見たことがない。
「紅茶代は学長に相談して、給料から天引きという形にそろそろしてもいいですかぁ?」
「へぇ!?」
間抜けな声を出して、教授は目を見開く。
「ほぼ毎日授業が終わる度に来て紅茶を飲んで帰るって、ここは紅茶屋さんじゃないんですよぉ? 私の善意を利用してませんかぁ? ここに来ていいのは、怪我とか病気とかで私がどうにかしないといけない人達だけなんですぅ~」
アーナ先生は紅茶を飲み切ったのかカップを机に置いて、やれやれと首を横に振った。
「俺をどうにかしてくれないの? こんなにも俺の体はボロボロなのに……」
「控えめに言っても気持ち悪いですねぇ。何度でも言いますけど、ただの加齢ですよぉ。ねぇ、タミ君」
「え!? いや、その……えっと」
本当に、急に話を振るのはやめて欲しい。しかも、反応しづらい内容の時に。
「タミ……お前もやっぱり思ってるんだな!? すぐに、否定も肯定もしないってことはそういうことだな!」
「いや……え、そういう訳では……」
「はっきり言えよ!」
教授は、鬼のような剣幕で僕に言った。どうして、僕が若干怒られてる感じになっているのだろう。
「言ってあげて下さい~心置きなくぅ」
アーナ先生は、柔らかな笑みを僕に向ける。
「いいんだぞぉ? 別に俺は怒らねぇから……全然大丈夫。素直に言ってくれねぇ方が腹立つからさぁ……うん、学生からどう見られてるのかなとか結構気にするタイプでさ。うん? 言ってみろ?」
圧が凄い。教授の声色は笑っているが、顔は能面のようだ。脅迫されているというのが、ひしひしと伝わってくる。
(どうして僕がこんな目に……でも、言わなきゃきっと余計怒るんだろうなぁ。僕から教授はどんな風に見えているか……か)
僕は改めて、邪悪な気を出す教授を見た。整えられ輝く茶髪、しかもオールバックだからきっちりとした感じが出ている。それが原因で、最初は少し怖い人なのではないかと僕は思っていた。
しかし、実際は滅茶苦茶軽くて明るい人だった。口調も若者っぽくて、話しやすい。見た目も若々しいし、あんなに息切れを起こすとは思えないほど健康的に見える。
「僕は……かっこよくて若いと思いますよ。三十代だと聞くまで、二十歳くらいだと思ってましたし。見た目はちょっと怖い人だなって思ってたんですけど、意外と軽くて……親しみやすい人だなぁって」
「……タミぃぃぃ!」
僕が言い切った瞬間、教授が僕に飛びついてきた。
「ぐわぁっ!?」
「何だよ~褒めてくれるんだったら、どうしてそんなに言いにくそうにしてたんだよ~」
教授の、僕を抱き締める力が強くなっていく。
「うぅ……言いにくいじゃないですかぁっ! ごほっ!」
「照れ屋かぁ!? このこのぉ!」
「ジェシー教授! そんな見苦しいものを見せつけないで下さいよぉ……あ! リアム君、おはよう」
僕が血の巡りが徐々に悪くなっていくのを感じていると、リアムがようやく目を覚ました。




