変幻せよ
―N.N. ホテル前 夜―
引きちぎられた自分の右手を見て、ガイアはついに涙を流し始めた。
「ひぇぇええ!? ひぃい……怖い、怖いよ、うぅう……」
そんなに泣いては、折角イザベラのしてくれた化粧が落ちてしまう。パンダになって、恐怖のメイクになる未来が見える。美しくなる分、メイクは繊細だ。丁寧に扱わなければ。
「ガイアを余計に刺激しないで欲しいのですが……」
「貴様がどんくさいからだ。こうすれば、全て解決する」
破壊の龍は、自分の手を持ったままガイアに歩み寄る。
「いや! 来ないでよ!」
彼女は、恐怖で腰が抜けてその場から動けなくなってしまったようだ。
「馬鹿馬鹿しい。何がボスだ。偉そうな態度を度々見せておきながら、こんなにも甘いとは。それが、吾輩が期待を寄せた相手か? 吾輩の前で、少し胸を張っただけなのか?」
「……痛いとこを突きますねぇ。これでも、かなり頑張ってるんですよ。人格が破綻しそうなくらいには」
いつか、凶悪な殺人犯が言った。一人殺せば、二人目からは同じことだと。命自体に特別な価値はない。命を包み込む器に価値があるのだと。
自分も、その思考を生まれ持っていれば……こんな苦労は味わうことはなかったのかもしれない。どんな嫌いな相手でも、興味のない相手でも、死を運ぶこと前提で付き合うのは辛く空しい。興味のある相手や、好意のある相手ならその苦痛は増す。
「そうか、何とも醜い……まるで、使い物にならんな。この吾輩が、直々に行動することを光栄に思うがいい」
そして、彼はガイアを見下ろし……そのまま勢いよく服の中に、自分の腕を突っ込んだ。
「え!?」
「ひぃ!?」
その瞬間、行動の意味を理解した。けれど、それは何も成さない。ガイアの力は、母と呼べる人がいる時にしか発動しないのだから。ただ体の一部を服の中に入れられたという、恐怖の時間でしかないのだ。
「む……?」
「いやぁぁああっっ! あぁぁぁぁぁ!」
さらに、パニックに陥って彼女は絶叫する。
「彼女の力は、自分相手じゃ発動しないんです。母なる龍の力なので。知ってますよね。凡ミス?」
「そんなことは知っている。だが、あの力は吾輩の龍以外には発動するような仕組みのはず。貴様とて母がいたから、この世界に産み落とされたのではないのか」
「別に母親とは思ってないので」
「この女の力は、認識によって左右される中途半端なものか。その程度のものに、成り下がってしまったのか」
「そ~言われても。限界があるんです、力を引き出すのにも」
「はぁ、何とも悲しいことか……仕方ない。おい、同胞よ」
彼はため息を一つついて、ぼんやりと様子を見守っていた変幻の龍に呼びかける。
「変幻せよ」
「……え?」
「変幻せよと言っている。出来ぬのか?」
「いえ、長子様の命はわしらにとって絶対。じゃが、一体何に変幻……」
「この女が持ち運べるくらいにはなれ。分裂は得意だろう。元は双龍なのだから、それくらいのことが出来なければ、貴様に龍を名乗る資格はない」
「……仰せのままに」




