大きなイレギュラー
変えたかった。
変えなければならなかった。
手本はない。
暴虐で傲慢な王を討つ。
意見は聞かない。
庶民のことなど見もしない。
黒に堕ちた愚かな王。
自分以外の全てを虫けらとしか捉えていない。
選ばれたのが何故あんな男なのか。
特別な力などあるべきではなかった。
特別な立場などいらなかった。
家族や恋人と生きていきたかったのに。
普通に過ごしたかっただけなのに。
普通は奪われた。
戻れない過去がただただ恋しい。
だから覚悟を決めた。
だから声を上げた。
普通を取り戻す為に。
だってこのままじゃ何も変わらないから。
王は公明正大でなければならない。
全てに対して平等であるべきだ。
間違ってはいけない。
王に相応しい者は他にいる。
必ず罪は償わせる。
皆の為に。
一人でも怖くない。
皆を想えば、自然と力が湧いてくる。
決して負けたりしない、自分は独りじゃない――。
―N.N. ホテル 夜―
エトワール達が死んでから数か月。結局、自分達はホテルに留まり続けていた。アジト探しは面倒だし、時間の無駄。それより、破壊の龍の力が満ちるのをゆっくりと待つのが正しいと思った。
(……はぁ)
そんな最中で貴重な睡眠時間、それは悪夢によって奪われた。こうなると、目を瞑ればあの地獄の光景が焼き付いて離れない。いつものことだし、分かりきっていたことだけど面倒だ。眠るのも疲れる。生きているのも疲れる。そろそろ解放されたいものだ。過去からも、今からも。今の自分の人生だけでもいっぱいいっぱいなのに、魂の過去まで背負わされ続けるのは辛い。
時に分からなくなるのだ。過去と今の境界線が。それもこれも全て――。
「大変よっ!」
すると、イザベラがノックもせずに部屋に飛び込んできた。
「何? どうしたの? 珍しいね、イザベラが――」
「そんな呑気なことを言っている場合ではないわ! このままでは……」
「落ち着いてよ。何があったの」
「落ち着いてなんていられないわ! 周りに警察やら軍隊が武装して終結してるの! 皆、貴方を探してる!」
彼女は目に涙を滲ませながら、必死に訴える。冗談ではなさそうだ。つまり、これはイレギュラー。しかも、今までに経験したことがないくらいに大きなもの。悪夢の余韻を吹き飛ばすほどの胸の高鳴りを覚えた。
「これは、これは参った。仕方ない。ここで、開戦しようか。何、遅かれ早かれやるつもりだったんだ。ここに集まった彼らには、苦痛のない死を提供することで手を打とう。他の者は、何も知らずに死を自覚する間もなく消えて貰おう!」
「でも、準備が……」
「自分がいて、イザベラもいて、ガイアもいる。そして、破壊の龍と変幻の龍もいる。これほどたのもしい仲間がいるかい? 何、時が早まっただけ。それと、ちょっと望まぬ形になっただけさ。見えない未来……楽しそうだ。とりあえず、ホテルの従業員は逃がそう。その後、全員を集めて。とりあえず、状況は伝達しないとね」
「え、えぇ……」
なんやかんや、見えない世界で生きるのは彼女も初めて。自分とは違い、恐怖しか覚えないのだろう。
「大丈夫だよ、イザベラ。過程が違うだけ、結末はどうせ変わらないんだから……証明しよう、自分達の正しさを」
不安に満ちた表情を浮かべる彼女を、そっと抱き締める。すると、それで少し落ち着いたのか、いつもの調子で言った。
「そうね……そうだったわ。でも、もうあまり時間がないわ。すぐに皆を集めてくるわ」




