ある違和感
―変幻の龍 ホテル 夜中―
長子様がいたのは、ホテルの最上階の部屋だった。大きな窓から夜景を眺めるその背中は、どこか小さく見えた。
「待たせたのぅ」
わしが入ってきても、振り返りもしない長子様。気付いてないことはない、相変わらずなだけだ。
(ん……? そういえば……)
一通り部屋を見た後、あることに気が付いた。長子様の傍に必ずいるべきはずの存在がいないことに。
「長子様、ガイアはどこへ?」
その問いかけに対して、夜景を眺めながら長子様は口を開く。
「あの女は、眠らせている。邪魔だからな」
「なんと……それはそれは。じゃが、それではボスがよく思わんのではないかの?」
「問題ない。あの女は眠っていたという自覚もないまま、自然に目覚める。そして、吾輩らについていた監視もエトワール亡き今、もうない。つまり、吾輩らにつく足かせはないということだ」
「……長子様、一体何を考えておるのじゃ?」
それは、どこからどう聞いても謀反の提案だった。
(何故じゃ? 長子様とボスは、協力関係にあるはず。利害も一致していた。ここで、ボスの手を放す理由はどこにあるんじゃ? 訳が分からん……)
「ここまで言っても分からぬのか? 愚か者が。吾輩の同胞でありながら、実に成り下がったものよの。吾輩らは、特定の何かに支配されるようなことはあってはならんだろう。今の状態こそ、この世の秩序に反する。吾輩らそのものが穢れの一端を担っている……と気が付いたのだ」
「支配? わしはともかく、長子様とボスは平等……いや、長子様の方が上では?」
そのようなこと、長子様が一番嫌う。それを誰よりも理解していた彼は、長子様の扱いに対しては何よりも慎重だった。常日頃から、機嫌を損ねることがないようにと気もかけていた。行動を制限することはあまりせず、監視者を置くだけに留めている。
支配されるより、する立場。誰かの下にあるなどありえない。ましてや、この世界の住人の支配を受けるなど屈辱的。そんな思想を持つ長子様が、彼の手を取ったのは稀有な能力と見た目に惹かれた為だ。
――支配されていると感じたのならば、すぐにその不満を漏らすだろう。そして、ボスは環境を改善しようとするはずだ。けれど、何もなかった。何もないまま、今日のこの発言は違和感があった。
(本当に、目の前にいるのは長子様なのか? あの仮面の下にあるものが、別物である可能性は? いや、流石にそれは気配や声で分かる。あのガイアもあんな調子じゃが、鈍くはない。それに、ボスがすぐに気付くじゃろう。だとすれば、もしものことが起こっているのじゃと仮定すれば……まさか!)
――何も考える必要はない。吾輩の……言うことだけに従えばいい。お前には、やって貰わなければないことがある。その能力を使って、な。まずは、伝言を頼もうか――




