呼ぶ声
―変幻の龍 ホテル 夜中―
「――可哀相にのぉ」
思わず、そんな言葉が漏れた。わしには、遠く離れたヴィンスとエトワールの様子がよく見えた。理由は、二人がわしの力を宿していたからだ。龍はどれだけ遠くに離れていても、力を分け与えられた存在がいるなら、それを介して、まるで自分自身のことのように見ることが出来る。
今回、わしに見えたものは――砂浜で跡形もなく消え去る二人の姿だった。エトワールは、ヴィンスに切り裂かれて。ヴィンスは、力の使い過ぎた反動で。
「あ、終わった? う~ん、ちょっと想定の時間は過ぎてるんだけど。どう? やっぱり、ヴィンスが勝った? 実力も技術も、彼の方が上だし……」
わしのその反応を見て、寝ぼけ眼のボスは椅子でくるくると回りながらつまらなそうに言った。
「だとすれば、イレギュラー……とやらが起こったことになるのぉ」
「え!? 本当かい!? え、じゃあエトワールが勝ったのかい!?」
その衝撃が眠気を吹き飛ばしたようで、彼は飛び上がる。目を輝かせ、まるで子供のよう。彼は、その永い時を生きてきた経験と宿す複数の龍の力の影響で、この世界の大抵のことを予測出来るようになってしまった。
同じことの繰り返し、分かり切った世界の全て。それは彼を腐らせ、奪っていった。彼にとって、予想外の出来事――イレギュラーが起こることだけがささやかな幸せのようだった。
「いや、ここに戻ってくることが勝利の条件だとするならば……引き分けと言うのが妥当じゃろうのぉ」
「ん? それってつまり……どっちも死んじゃったってこと? じゃないと、可哀相だなんて言わないよね? え? 相打ち?」
「相打ちではない。わしの見たままを説明するとのぅ……最初に死んだのは、エトワールじゃ。この結果自体は、お前さんの想像通りじゃろう。ただ、その過程でイレギュラーが起こったことが、最終的な結末を変えてしもうたのかもしれんな。勝負の後、ヴィンスは帰ろうとしておった。じゃが……戦いの最中に、無理に体を再生し続けたことが祟った。ついて行けなくなった体が崩壊を始めたんじゃ。あの様子を見るに、その自覚はあまりなかったのかもしれぬ。消滅の恐怖は感じずに消えたのかもしれぬ、じゃが……」
彼らは、まだ大人にすらなっていないのに組織の要として貢献し続けた。報われるべきだった。せめて、ちゃんと埋葬されるべきだった。組織にとって、相当な功労者だった。弔われるべきだった。遺体すら残らぬ無情さ、この世界の不条理を感じざるを得なかった。
(あの無垢なる子供達を悪に染めたのは、悪に仕立て上げたのは……こうやって、ただ傍観しておるわしらではないか)
何も、お互いに肉体を消滅するまで戦わせる必要などなかった。彼らだけを放置する必要もなかった。彼の決定に、わしらは歯向かう権利はないが――疑問は抱くようになっていた。長い間、この俗世に暮らし続けたせいなのだろうか。
「ヴィンスが、そんな無茶をするなんてなぁ。それくらい、エトワールも粘ったってことか。まぁ、仕方がないよ。ヴィンスは死に場所が変わったってくらいで――」
――我が兄弟、聞こえるか。こちらへ来い、今すぐに――
頭の中から、長子様の呼ぶ声がした。それは、絶対的な命令。わしの意思を掻き消すほどに。
(行かなければ……)
「あれ? もっと教えてよ。イレギュラーな話は、とことん聞いておきたいんだ。増えてきたとはいえ、滅多にないことだから」
「すまぬ。また後ほど」
「巽君のイレギュラーは、龍にすら及ぶのかぁ……ふふ、いいよ、気分がいいから」
――共に、成そう――
(長子様の仰せのままに……)
そして、わしは長子様の気配のある部屋へと向かった。




