肉塊
ーヴィンス 浜辺 夜中―
無抵抗のエトワールに、私は舞うようにナイフを振り下ろす。そして、そのまま首を掴んで座り込み、様々な舞を披露しながら、彼の顔面を引き裂いていく。これが、ボスから教えて貰った剣技だ。それを、自分なりにアレンジした。
「スカイ・ライト・ダンス!」
普通であれば、この窮地に恐怖の表情を浮かべていただろう。しかし、エトワールは恐怖とは対極にある穏やかな表情を浮かべて、目に涙を滲ませていた。その目は、私ではない他の何かを見ていた。
(……ボスから教えて貰った剣術のせいですね。彼がこんなにも安らかな顔なのは)
エトワールにとどめを刺す時は、必ず演舞剣術を使うようにと言われた。ボスの使う技名は、聞き慣れない言語だったけど、響きが何だか綺麗だったし、きっと美しい剣術なのだと思い期待した。
そして、後から翻訳し、独自に調査してみた。すると、技につけられた名前は使う側ではなく、使われる側から見える幻を表したものなのだと知った。慈愛に満ちた甘い剣技。それを受けると、皆例外なくエトワールのように心地良く逝く。これの考案者とは、友達にはなれないと思った。
(私が見たかったのは、こんなものじゃなかったのに……でも、それがボスから託されたことだったし、歯向かうなんてことは出来ないです)
私としては、出来得る限り残忍に殺して、その絶望に満ちた表情を愛でるのがポリシーだ。安らかな顔なんて、生きている間にいくらでも出来る。
その死の間際にだけ、死を自覚して見せるあの表情が私は好きなのに。ボスに言われない限りは、今後絶対に使わない、と心に決めた。
「はぁ~……」
肉片になったエトワールの頭を搔き集めて、一つの肉玉にした。そして、それを海に浮かべる。すると、その臭いに釣られたのか小魚が何十匹と寄ってくる。一匹が、小さな口を開けて肉玉をつつき始める。すると、それに釣られて他の小魚もつつき始めた。
「美味しいですか……? エトワールは。彼は、きっと独特な味がすると思います。龍の味が深く染み込んでいるはずですから。まぁ、私は食べたくありませんけど」
これで、彼は完全に消失するだろう。あんな姿になってしまったのなら、魚の餌くらいがお似合いだ。所詮、五番目だ。私の方が一つ優れていて、それは覆せなかった。
(残念でした……さて、そろそろ行きましょう。ボスに報告をしないと……)
ボスの所に戻って、決闘の結果を伝えようと立ち上がった時――。
「っ!?」
少しの間、世界が歪に見えたが、瞬きを何度かしたら落ち着いた。
(疲れでしょうかね。頑張り過ぎましたし……とりあえず、帰りましょう。歩ける所までは、歩きましょう)




