光と星
―エトワール 浜辺 夜中―
迫りくるヴィンスの手に握られたナイフが、月光に照らされ煌めく。その光景は、俺の目にはゆっくりと映った。
しかし、残念ながら逃げる足もなく、力も使い果たした。成すすべなしだ。俺に今あるのは、頭だけ。脳が無事だったから、意識があるに過ぎない。俺にとっての死は――消失。
(こんなはずではなかったのに)
俺は、ヴィンスの攻略法を完璧に掴んでいるはずだった。ヴィンスの暗殺処理をしていて、ほとんどの遺体には共通点があることに気が付いた。刃物で近距離から急所を裂かれた痕があることに。ヴィンスの得意な手段が、近接距離からの瞬殺なのだろうと思う。
しかし、例外はあった。ほとんどに含まれない遺体――最近で言うなら、あの親子だ。直接的に殺す手段ではなく、毒殺。特殊な毒を用いて、バランサを弱らせた。そして、毒で完全に死ぬ前にアマータの殺害にも利用するように言った。そこで、俺は確信した。ヴィンスは、近距離でパワータイプの輩と対峙することにあまり自信がないのだと。
(近くに行かなければ、お気に入りの武器を奪えば、遠くから惑わせれば、情報戦で勝てば、最終的には破壊の力で押せば勝てる……その目論見は完全に外れた)
ヴィンスには、いくつかナイフがある。その中で、宝物のように扱っていたのが妹の骨をグリップにした物だ。普段は、一切使わない。それでも、毎日のようにメンテナンスを心掛ける。
他人が触れようものなら、豹変して激昂する。病的なほどに大切にしていた。それを手に取るのは、決闘の時だけ。つまり、今回はそれを使うのは明らかだった。
(これだけ分かっていて、俺は完敗した。結果的には、実力と……情報戦でも負けた。俺の得意分野でも負けてしまった。いや……それだけではない。俺はボスからの信頼でも負けた)
俺は、ボスから何かを教えて貰ったという記憶はない。ヴィンスに信頼で負けたということが、とても悔しかった。こんな不審な奴なのに。俺は、ずっと尽くしてきた。監視や情報の提供、ボスの為だけに行動してきた。その行動は全て、届かなかったということなのだろう。都合良く、扱われて捨てられる。
(俺は、ただ……家族の中で生きたかっただけなのに……)
家族に憧憬の念を抱き、それを求めた。偽物でもいい、ごっこでもいい、茶番でもいいから――家族になりたかった。
報われなかったこれまでの人生を思い返し、絶望していた時――視界に突如眩い光が差した。月光ではない何か。気付けば、こにヴィンスの姿はなかった。
「え……?」
とても心地の良い光。じっと見ていても、目は痛くならない。
(温かい……優しい光。求めていたものを別のもので表すとこうなるのかもしれないな……)
すると、その光の中から見慣れぬ男女が現れる。彼らは優しく微笑み、口を開く。
「――リュミエール、おいで」
「もう終わりにしましょう」
二人は手を伸ばし、俺の頬に触れる。何故か、抵抗感はなかった。安心感すら抱いていた。ただ、素直に受け入れることが出来なかった。
「俺は……エトワールだ」
ボスから与えられた名前。組織以前の記憶のない俺には、それが全てだった。
「貴方の名前は、リュミエール。私達の母国の言葉で、光という意味よ。貴方が生まれた時、これからの未来に光があるようにと願ってつけたの。でも、エトワールという名も素敵ね。一体、どういう意味なのかしら」
「長らく、一人にしてすまなかった。俺達は迎えに来た。もう一度生まれ変わろう。俺達の息子リュミエールとして」
「まさか……そんなことが? どうして、今更……」
妙な安心感の正体の核心が見えてきて、俺は混乱した。
「何も覚えていないのだろう。何も覚えていられないくらいに、酷い仕打ちを受けたんだね。息子を守れなくて、何が父親か」
「そばにいてあげられなくて、何が母親なのか……私達にチャンスが欲しいの。一緒に来てくれる?」
とても嘘とは思えなかった。話している内に、この二人は本物の両親なのだと実感してしまったからだ。
「でも、俺にはそんな資格はない……」
「大丈夫よ。お母さん達は、何があっても貴方の味方なんだから……家族と一緒に過ごすことに資格なんていらないのよ」
「あぁ、そうだぞ」
その言葉に、涙が零れた。手に入らないと思っていたものが、まさかこんな形で転がり込んでくるなんて。夢のようだった。
「一緒に……行かせて欲しい」
俺がそう言うと、両親は頷き、俺を持って光の中に向かう。それに包まれると、心が軽くなった。全てを委ねてもいい――そう思えるくらい。




