甘美な絶望
―ヴィンス 浜辺 夜中―
エトワールに馬乗りになったまま、私は足を変幻させて拘束する。決して逃がさない。
「鬼、交代ですね。でも、この砂浜に隠れる場所がないので……終わりにしちゃいましょうか。かくれんぼ」
強張った表情を浮かべ、どうにか逃げ出そうと暴れるエトワール。しかし、残念ながらもうお遊びはしていられない。
(あぁ、美しい顔が歪んで勿体ないです。折角の紡がれた美しさなのに。この距離で新鮮な状態で見れることなんて、もう二度とないのです。よく目と心に焼き付けておきましょう)
「まだだ……まだ、俺は!」
「諦めが悪いですね。もう見つけてるじゃないですか。それに、もう無理です。分かってるでしょ? そこまで馬鹿じゃないでしょ、五番目なんだから」
「必ず……お前を……!」
四番目と五番目、数字は一つしか違わない。けれど、その差は一つ以上の差がある。実力も権力も重要性も。彼は少しでもそれを高めていく為、決闘に勝利することを願っている。私という厄介者を、完全に支配下に置きたいから。
「不可能ですよ。私はまだまだ出来ます。でも、もうエトワールは出来ないでしょう? 慢心してたでしょう? 対策は万全だと思い込んでいたでしょう? 見ているだけが全てだと思っていたでしょう? 情報があるからと安心しきっていたでしょう?」
「それは、断じて違う。見せていない部分があると……言いたいのだな。それくらい、知っている。行方が掴めず、情報も得られなかった。それをボスに報告しても、特にお咎めもない。何かあると思っていた。俺には与えられなかったのに……お前には何か与えられてしまったのかもしれないと……それでもっ!」
彼は、目を見開く。その刹那、血しぶきで目前が真っ赤に染まる。それが晴れた時、私は心の奥底から驚いた。
何故ならば、拘束を逃れる為だけに彼は四肢と首を破壊し、胴体だけになっていたのだから。それでも、彼は生きていた。頭だけになっているのに瞬きをしたり、手や足がぴくぴくと動く。
(美しい……あぁ)
そんな姿になってまで、勝利を手にしようとする姿に恍惚とする。ただ、それはこの状況を逆転させるには弱過ぎた。
(残念です)
「エトワール、貴方にはもう回復する力は残っていないでしょうに。自らわざわざ死にに行くような真似をするなんて、愚の骨頂ですよ」
「捕食すれば、どうにでもなる! 俺自身を……!」
首だけなのに、会話が出来る。これが龍の力を宿すということなのだろう。
「やっぱり、ね。追い詰められた人の思考って、手に取るように読めますね。ただ、そうだとしても言わない方がいいと思いますよ。予想が、確信に変わってしまいますから! 取捨選択が出来なくなってきているんですね、お察しします。ハハッ!」
普段使い用の折り畳み式ナイフを開き、手と足に向かって投げた。見事に的中し、その場に留めることに成功する。そして、指を鳴らすとナイフ共々爆発する。
「こっちのナイフはどうでもいいんです。どうにもでなれって感じで。捕食用の体は、あと胴体だけですね? じゃあ、こっちはこうしちゃいましょうかね」
胴体は、炎を用いてこんがりと焼いた。ただ強くなり過ぎた魔力の加減が分からず、真っ黒になってしまった。それは少し風に吹かれると、粉々になってさらわれた。
「あ、あぁぁ……」
彼の目に、涙が滲んだ。諦めの悪い彼の心が、ようやく折れた瞬間だった。これが、彼の絶望。なんと甘美なものか。パンケーキでも食べながら、鑑賞したかったが致し方ない。
「大丈夫、すぐに楽にしてあげますから……これが、ボスに頂いた技術です!」
特別なナイフを手に、教えられた独特な構えをし、首だけになった彼へと飛びかかった。




