火から炎へ
―ヴィンス 浜辺 夜中―
よく見れば、よく聞けば、よく嗅げば、よく考えれば、そこに道は現れる。示されるがまま、氷と氷の間を縫って素早くエトワールに迫っていく。
これくらいの攻撃、冷静になれば恐ろしいことなど何もない。命のやり取りに関しては、彼よりも経験がある。
(いつだって、私は命の終わりを見届ける側なんです。それに、例外はありません)
彼は、あくまで情報収集が本業だ。その過程で、殺しに手を染めることは何度かあっただろう。けれど、おまけ程度のものと本業のものはまるで違う。そう、負ける根拠はどこにもないのだ。
(ここまで近付いても気付かないなんて、だから貴方は……!)
ボスに教えて貰った独特な構えを、今こそ披露する時だと思った。これでも一緒に過ごした間柄、彼の言葉を借りるなら「家族」だから。安らかに眠らせてあげよう、とナイフを振り下ろした時――高笑いを上げていた彼の顔から笑顔が一瞬で消え去った。
「え……」
予期せぬ出来事に、思考がとまる。
「俺が克服していないとでも思ったか? 今のは……演技だ。お前をはめる為の。戦いに備えるのは当然だろう。俺が、どれだけこの日を夢見てきたと思っている? お前のような浅はかな思いではない!」
力強い声が砂浜に響き渡ったその瞬間、私の体を氷柱が様々な方向から貫いた。思考を巡らせられなくなったことで、自然と動作が鈍くなってしまったからだった。
「これは……あは、一本取られました。ま、まさか……エトワールがそこまで出来るようになっていたなんて。同年齢として、嬉しいですねぇ……」
明らかな計算ミスだった。血も痛みもとまらない。動揺を隠し切れない。私の体を固定する為に貫いた氷柱は、全て急所を避けていた。
「お前の回復能力は、事前に把握済みだ。これくらいならば、死には至らない」
(まさか、エトワールに謀られてしまうなんて。本当に殺すつもりはないんですね。あぁ、どうにか……まだどこかに……)
串刺しの私に、わざわざ目線を合わせ、微かな笑みを浮かべるエトワール。私の心の奥底に、まだ期待の火が灯っていることなど知る由もなく。
そして、彼はゆっくりと下に視線を向ける。その先にあったのは、意地でも離さないつもりでいるナイフだった。嫌な予感がした。
「もはや、力など出ないだろうに。そこまで大切か? 家族の命を奪った刃と妹の骨で作ったグリップは」
それは、今までのエトワールのような冷たい声だった。
「日々のメンテナンスに加え、最近にはグリップ部分の装飾を変えて、お前にしては珍しく大切にしていたようだな。だが――」
大きな氷が、私の両腕ごと落下する。声すら出なかった。取り戻そうとしたけれど、手もなければ、身動きも出来ない私には不可能だった。
「お前の家族は、これじゃないだろう。俺達だけだ」
エトワールは、それを追って砂浜へと着地する。そして、何食わぬ顔で平然とナイフを踏みつけた。
「ぁ……」
その屈辱的な光景は、私の中に灯っていた火を炎へと変えた。希望から怒りへと、明確に自分の中で変化していくのを感じた。私に、更なる力をもたらすほどに大きく――。




