空の向こうのもう一つの世界
―学校 夕方―
「リアアアアムッ!」
ジェシー教授の声だけが、グラウンドに響き渡る。当然、リアムからの返事はない。どこか遠い所まで吹っ飛んでしまったのだから。
「教授、事案です」
結果として、魔法を使うことには成功した。問題は、使った本人が魔法によってその場から消えてしまったことだ。
「冷静だな、お前……」
「こういう時の為に、教授がいるんでしょう? 学校一……いや、世界一の腕を持つ貴方ならどうにかしてくれるんですよね」
何かあった時に対処してくれる人だと、彼自身の口から聞いたのだ。今のこの状況こそが、教授の活躍の場。教授が全責任を負ってくれるのだと、僕は信じている。
「え~……嘘だろ」
「教授……」
「あー! もう分かった。分かったよ、だからそんな軽蔑の目で俺を見るな! ふん……面倒な奴だな。どこまで吹き飛びやがったのか……」
教授は、不満げに頭を撫でながら言った。
「こんな場面で、俺の考えた魔術を使うことになろうとは……地味に魔力消費ヤベェんだよ。仕方ねぇけど……ま、折角の機会だ、タミ。よ~く見とけよ」
(教授の考えた……魔術?)
すると、教授はスッと右手を自身の前に持ってきた。そして、親指と中指を擦り合わせてパチンと音を鳴らした。ただ、それだけだったというのに――その音が鳴った瞬間、僕の目の前に先ほど星になったリアムが座ったままの体勢で現れた。
「リアム!」
リアムの顔は真っ青で血の気を感じさせなかったが、意識はあるようで目だけをキョロキョロと動かしていた。
「は~もう葉巻やめた方がいいかねぇ。はぁ、しんどい」
教授は手を膝に置いて、苦しそうに息を吐いていた。
「ハハハ……空の向こうにももう一つ世界があったよ、こっちにも……ちゃんとあったよ」
吹き飛んだ衝撃でおかしさが増してしまったようで、リアムはそうブツブツと呟く。とにかく無事そうなので、今は放っておいて気になることを教授に聞いてみようと考えた。
「教授、さっきのが……魔術ですか?」
「おうよ、フィンガースナップマジックって名前にする予定だぞ。ダサいとか言うなよ。名前だけで超分かりやすいんだから」
教授は手を膝に置いたまま、顔を上げて苦しそうにそう言った。
「指を鳴らしただけで……一体……」
僕の知る魔術は基本的に呪文を唱えたり、何か他の物が必要となったりもする。それなのに、自身の手一つでどこに吹き飛んだかも分からないリアムをあっさりと連れ戻すことに成功した。
指を鳴らしただけ。その指を鳴らすという行為だけで、ここまでのことを達成出来るのに驚いた。
「他にも色々出来るんだぜ? 時代は指パッチンになる日がいつか来る……そして、俺は開発金で生きる。その俺の技術力を見せてやりたいが、俺は魔力を使い果たした! もう無理! てめぇ、どこまで吹き飛びやがったんだよ」
座ったままのリアムに、教授は少し怒りを滲ませて問った。
「宇宙……」
その問いかけに対して、リアムはただそれだけ答えた。しかし、その単語を僕は知らなかった。
「は? 何それ」
その単語を知らなかったのは、僕だけではなかった。教授も首を傾げている。
「リアム? 何を言っているんだい?」
「あぁ……そうだよね。そうだよね。仕方ないよね……いいんだ、忘れて」
リアムはそう言うと、目を閉じて後ろに倒れた。




