月夜の笑み
―ヴィンス 浜辺 夜中―
――ところが、私が貫いたのはエトワールの眼球ではなく、砂浜だった。
「あらら……」
「目は馴らしてある。お前の動きで困ることはもうない」
「わぁっ!」
背後に立ったエトワールに蹴られ、私は軽々吹き飛ばされる。それでも、二つのナイフは決して離さなかった。これが、私の一番の武器であり宝物だから。
「いてて……ずるいじゃないですか、そんなことっ、わわ! 話は最後まで……危なっ!」
体勢を整える間もなく、彼は次から次へと攻撃を繰り出してくる。拳が足が、すぐ私の横をすり抜けていく。少しドキドキする。もしかしたら、負けてしまうのは本当に私なんじゃないか、と。用意されている結末は、エトワールの望む未来なんじゃないかと。
「お前との話し合いなど、無意味。意味がなかったから、力尽くになったんだ。お前が、普通であったなら……!」
(普通?)
「何ですか、それ」
「っ!」
普通――そんなものに縛られないから、そんなものを求めなくていいから、私は組織に居心地の良さを感じていた。これだけはちゃんと言っておかなければならないと、彼の手を握り締める。魔力の込められたそれを受けとめると、手の骨が粉砕するかのような痛みに襲われた。
けれど、そんなものどうでも良くなるくらい不快だった。
「困るんですよ、誰かの価値観を押し付けられるのが一番。特に、普通っていうのがよく分かりません。何なんですか、本当。自分が、世界の平均だとでも思ってるから出てくる言葉なんでしょうかね? だとしたら、勘違いも甚だしいですよ。自覚がないのなら、教えてあげますけど……エトワールは異常ですよ。私と同じでね!」
手の爪をナイフへと変幻させて、そのまま貫く。
「何っ!?」
彼が怯んだ隙に、爪を武器に引き裂こうとしたのだが、流石にそこまでは上手くいかなかった。シールドを張られてしまった。
「はぁ……」
「その力は……龍のものか?」
(感情的になって、思わず使ってしまいました。彼が使ってから、お披露目するつもりだったのに……)
「ちょっと借りただけですよ」
私は許可を得て、最近、変幻の龍の力を僅かに身に宿した。ただ、それを操るにはかなりの体力と魔力を消耗する。自分ではない力を身に入れるというのは、こういうことだと実感する。何度も使える代物じゃない、残念ながら。
「いつの間に、そんなことを。行方が掴めなくなった間か?」
「どこで、何をどうしようがこっちの勝手でしょう。ボスの許しはあるんです」
変幻の力を解き、再びナイフを構える。主はこっちでいかなければ、流石に疲労にやられてしまう。
「なんと恐ろしいことを……まぁ、いい。龍の力の扱いならば、俺の方が長けている。これは、ボスからの試練だろう。これくらいの邪魔、すぐに乗り越えてみせる。そして、証明する。四番目に就くに相応しいのは、この俺であるということを」
彼は、満面の笑みを浮かべた。初めて見る、お手本のような笑顔だった。抑え込む力を解き放つ為に。




