月と海の見える場所
―ヴィンス 浜辺 夜中―
ホテルから弦月に照らされる浜辺へと場所を変え、私とエトワールは相対する。ここが、ボスの用意した決闘の舞台。ボスの所有するプライベートビーチ、誰も邪魔は入らない。ボス達もここにはいない。
「ふふふ、まさかすぐに挑んでくるなんて……私と同じ気持ちでいてくれたんですね?」
「同じ気持ち? どんな気持ちだ、それは」
「白々しいですねぇ。待ち侘びていたのでしょう?」
「俺から望んだこと。待ち侘びるのは当然だ。だが、お前と同じ気持ちかどうかは知らない」
こんなにも胸の高鳴る環境が整っているのに、エトワールは淡々とした調子のまま。少し悲しい。仕方ないことだけど、もっと見せて欲しいものだ。それが難しいなら、せめて――。
「ガスマスク、外して下さいよ。お互い、本気でいきましょう」
「……無論、そのつもりだ」
普段はあれほど嫌がることも、今回ばかりは違った。すぐにエトワールの顔が露わになる。術後の生々しい痕。これを拝みながら、戦えるなんて夢のよう。精が出る。
彼は、ガスマスクを外して投げ捨てる。波打ち際に転がったそれは、すぐにさらわれて流れていく。しかし、それを気に留める様子はない。
(エトワールにとって、宝物のはずなのに……それくらいの覚悟があるということですか)
当然、それには応えるつもりだ。私は、新調した特製のナイフを二つ取り出して構える。
「面白くなりそうですね。さぁ、始めましょう」
きっと、ボスにはこの先の未来は読めているのだろう。だからこそ、私達の戦いになど興味がない。どちらが戻ってくるか、なんて。
「どうだかな」
彼は、鋭い目つきで私を見据える。
「私達にだって、イレギュラー起こせたりしませんかね?」
「そんなこと、どうでもいい。俺が勝つことは決定している」
「何を根拠にそんなこと……私は、一応四番目なんですが」
「俺は、お前とは違ってこの役職に就いたからといって、あぐらを掻いていたりはしていない」
「あれれ……そんなに私、何もしていないように映ってましたか? う~ん」
確かに、エトワールの目に見える部分では仕事以外のことは何もしていない。そう、目に見える部分では。全てを知ったつもりになって、驕っているのはどっちだろう。それを考えると、馬鹿馬鹿しくて哀れに見えて、思わず笑みが零れる。
(違和感は感じているようでしたし、察していると思っていたのですが……所詮、その程度ですか)
「何を笑っている」
「エトワール、だから貴方は五番目に留まり続けているんです。そして、最期まで私を追い越すことは決して出来ない。今日は、月も海も綺麗です。こんな日には、血がよく映えるでしょうね」
「相変わらず、理解出来ない感性だ。お前のような輩が、自由に生きているなんて恐ろしい。その口の言うことも信じられない。いつ、ボスを裏切るか……俺が勝てば、そんなリスクはなくなる。俺の目の届かない所に放置されることはない」
「あれれ、勝ったのに生かしてくれるんですか?」
「苦しまずに殺してやる為だ。家族として、最大限の配慮だ」
「それはそれは。どうもありがとうございます。ですが……」
私は飛び上がり、ナイフの切っ先で彼の瞳を捉える。
「お断りですよぉぉ、そんなものっ!」




