誰の為に生きてんだ
―アマータ 街 夕方―
力と思いを乗せて、化け物の眼球を狙った一撃。しかし、直前になって化け物の体がぐにゃりと歪んで捉えることが出来なかった。
「な……!」
(まさか、思考が!? いや、この元々の個体の体に染みついた技術? これは進化すらしていない個体……学習なんてものは出来ないはず)
化け物の性能は、個の能力に依存する。元々が強ければ強いほどいい。その中で更なる進化を遂げて、唯一無二の存在へとなり、強大な力を得る。それこそ、世界を壊すほどの。
「ぐらがううっ!」
私の攻撃をかわした化け物は、どろりとした体で襲いかかる。咄嗟に身を捻ったものの、その攻撃は僅かに私の頬を掠めた。
「っ!」
引き裂かれるような痛み、掠り傷にしては強いものだった。私は宙を蹴り、距離を取って傷に触れて確認する。
(血と……この子の体の一部?)
手に付着していたのは血と、それに混ざるどろりとした毒々しい色の液体。
「ぐるぅぅうァァ!」
私の血の臭いに本能を刺激されたのか、さらに興奮した様子で叫ぶ。そして、今までにない速度で私に迫る。
「落ち着きなさいよっ!」
とりあえず、狙うのは眼球だけ。それ以外に触れても、あまり意味はなさそうだ。むしろ、こちらが取り込まれてしまう可能性がある。吸収力抜群そうな体だ。
(一体、どの龍を素材にこれを? 今まで見てきたのとは、本当にまるで違うわ)
戸惑いを感じながらも、唯一露わになっている眼球を狙い続けた。
「はぁぁぁっ!」
その中で、何回かは攻撃は当たった。しかし、それは私も同じ。次第に体中に傷が増えてきていた。その度、傷口から化け物の体を構成する液体も入ってきていた。
「はぁ……はぁ……」
どれだけ殴っても、化け物は怯まない。倒れても倒れても起き上がり、しぶとく私を狙う。私の体力は削られ、疲労と相まって限界まで達していた。
(こんなに、体を動かしたことなんてないもの。私は、ずっと秘書をやってたんだから。こういうことなんて、ほとんど経験ないのよ。でも、守るって言ったんだもの。それを言い訳にしてちゃ終わりよね)
己を奮い立たせ、どこかの誰かが起こすかもしれない奇跡を信じて、再び立ち向かおうとした。ところが――。
『くそ親父! 中途半端に生きやがって!』
「え……?」
あの幻聴が響いたかと思えば、全身が激しく痛んだ。それと同時に、視界が激しく揺れた。手足が痺れ、力が抜けた。
「げほっ!」
冷や汗がとまらず、吐き気に襲われる。堪えることが出来ず、私は衝動のままに吐く。口から出たのは、真っ赤な血。胸部にも激しい痛みが走る。幻聴もとまらない。
『てめぇの家族は、ここにいんだろうがァ!?』
「アァァァ……!」
それが不味かった。さらに、化け物を元気にさせてしまった。しかし、私はもう駄目だった。受けとめるにも、体が言うことを聞いてくれない。視界も赤くて、ハチャメチャで自分がどこにいるのかすら分からなかった。
「ご、め……んね」
「ぐらァァァァッ!」
『誰の為に生きてんだよぉぉぉっ!?』
幻聴と化け物の絶叫を聞きながら、私の意識は奥底へと運ばれていった。




